エアライン, 解説・コラム — 2026年5月19日 23:00 JST

SFC改定「300万円の壁」だけでない反発理由 特集・ANA新制度 顧客との温度差(終)

By
  • 共有する:
  • Print This Post

 ゴールデンウイークを目前に控えた4月23日、全日本空輸(ANA/NH)は上級会員向けカード「ANAスーパーフライヤーズカード(SFC)」の制度見直しを明らかにした。2028年4月から、ANAカードとANA Payの年間決済額に応じて会員区分を設け、300万円以上を「SFC PLUS」、300万円未満を「SFC LITE」に分ける。LITEでは空港の「ANAラウンジ」を利用できず、航空連合「スターアライアンス」の会員資格も従来の最上位「ゴールド」から「シルバー」へ変わる。

利用状況に応じた新たなサービスを打ち出すとするANAのSFC制度変更の案内

 コロナ後のANAラウンジは、国内線、国際線とも混雑が続いている。多頻度で搭乗する利用者から混雑への不満が出る一方、SFCを保有していれば、継続的に飛行機へ乗らない年があっても、ANAカードをほとんど利用しなくても、搭乗時には同じようにラウンジなどの上級会員向け特典を利用できる。ANAとしては、どこかで対策を講じる必要があった。

 航空会社は公共性が高い一方、民間企業でもある。株主との関係や成長戦略を考えれば、“無料奉仕”のような状況は健全ではない。一方で、利用者から見ると、ANA側の都合で負担が増えているように受け取られやすい土壌もできていた。特集最終回では、SFC改定を通じて見えるANAと顧客の温度差を整理する。

—記事の概要—
一定の離反「織り込み済み」
「ANA経済圏」の狙い
「300万円」人それぞれの受け止め
コロナ後にズレた顧客との温度感
*前回 家族連れ注意!国内線最安運賃は座席指定24時間前から

一定の離反「織り込み済み」

 ANAはこのSFC改定をどう見ているのだろうか。ANAなどを傘下に持つANAホールディングス(ANAHD、9202)が4月30日に開いた2026年3月期通期決算会見で、芝田浩二社長は本紙の質問に対し、SFC改定について「我々の事業を利する・利さないという観点よりも、お客様全体の利便にどう繋がるかを社内で議論した」と説明した。

スーパーフライヤーズカード会員を年間決済額で2つに分けるANA(同社サイトから)

ANAホールディングスの芝田浩二社長=26年4月30日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 当然、こうした見直しは反発を招くことが多い。「一定程度の離反というのは織り込んでの話」(芝田社長)としつつ、ラウンジの混雑緩和や、実際に多頻度で利用する顧客にメリットのあるサービスづくりなどを進めていく。

 SFCを持つ会員が増える一方、実際に搭乗して上級資格を維持しているヘビーユーザーから見れば、ラウンジの快適性が損なわれているという受け止めもあった。こうした人たちは、今回の見直しを好意的に捉えているようだ。

「ANA経済圏」の狙い

 ラウンジの混雑対策は、利用者にとって体感できるものであり、わかりやすいテーマだと言える。しかし、今回の改定は単なる混雑対策ではなく、ANAグループが手掛けるクレジットカード「ANAカード」や、決済サービス「ANA Pay(ANAペイ)」を軸に、マイルによる「ANA経済圏」と呼ぶ自社の商圏に利用者を囲い込み、非航空系事業の足場を固めたい思惑がある。

ANA経済圏の位置づけを見直した「ANAグループ 価値創造ロードマップ2030」

 ANAは2023年2月に発表した2023-2025年度の中期経営戦略で、ANA経済圏により、2025年度に年間400億円の増収効果を生み、約2000億円規模の経済圏構築を目標に掲げていた。コロナで航空需要が消えた経験を踏まえれば、航空事業に偏ったビジネスモデルから脱却し、クレジットカードやマイルなどを通じて顧客接点を広げる必要がある。

 コロナで航空需要が急減した際、航空会社は雇用維持のために公的支援も活用した。東京商工リサーチの調査では、2021年4月末までに判明した上場企業の雇用調整助成金の計上・申請額で、ANAHDは437億円と最多だった。

 需要回復時に運航を再開するには、パイロットや客室乗務員、整備士、グランドスタッフなど、多くの職種で人員維持が欠かせない。再びコロナのような危機に直面した際、公的支援に大きく頼らず事業を継続するには、非航空系事業で有事を持ちこたえられる収益構造にシフトしていくことは不可欠だ。

 今年1月に発表した「ANAグループ価値創造ロードマップ2030」では、ANA経済圏の位置付けを見直した。従来は、航空事業とノンエア事業を推進し、マイルをフックに顧客の回遊を促す戦略だった。新戦略では、顧客基盤を強化し、航空事業の利益を最大化する機能として集約する考え方に変えた。

 ANAカードの年間決済額をSFC区分の条件とすることで、ANAは搭乗頻度だけでなく、日常のカード決済も含めて顧客を自社経済圏へ取り込める。ロイヤリティプログラムを、単なる搭乗実績の延長ではなく、顧客基盤の強化策として再設計するためだ。

「300万円」人それぞれの受け止め

 今回話題となった「年300万円」という利用額の条件は、人により受け止め方はさまざまだ。カード決済額だけを見れば、年間300万円に到達する利用者は一定数いるだろう。しかし、ポイント還元に敏感な利用者ほど、ANAカードより還元率の高いカードをメインにしている場合がある。特にホテルのカードを利用している人だと、どちらでより多く決済すべきかと、条件を比較するだろう。

ANAが23年に刷新したANA Pay=23年5月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 つまり、年間300万円をカードで使う人でも、それをANAカードやANA Payで使うとは限らない。今回、Xで不満の声を投稿している人の中で、比較的見かけた意見だった。言い替えると、ほかから乗り換える魅力あるカードであれば、移行対象になるのかもしれない。

 この問題への関心は、いわゆる「マイル修行」を経験した一部利用者にとどまらなかった。ビジネス映像メディア「PIVOT」で、私(吉川)がSFC改定を解説した動画は35万回以上視聴され、ANAのマイル制度や上級会員制度に関心を持つ層の広がりがうかがえた。SFCの改定は、一部の上級会員だけの問題ではなく、ANAが顧客と今後どう向き合っていくのかを問うテーマともいえるだろう。


【ANA/JAL決算を斬る】SFC改定とラウンジ問題の裏側/サーチャージの行方と便乗値上げの謎/過去最高益でも業績悪化の見通し/JALの行方は(PIVOT)

コロナ後にズレた顧客との温度感

 ANAにとって、SFC改定には一定の合理性がある。ラウンジ混雑を緩和し、会員サービスを持続可能な形に見直し、ANAカードなどを通じて顧客基盤を強化することは、航空会社としてまっとうな判断だ。一方、既存会員も含めて一律に改定が適用される点など、批判の的になった要素がいくつかみられた。大掛かりな制度の見直しであれば、丁寧な説明も必要ではないだろうか。

大型案内板が再設置された羽田第2ターミナル保安検査場B=24年4月1日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 当紙は14年前の2012年2月に創刊したが、コロナ以降、ANAと顧客との間に認識のズレが起きているのでは、と感じることがいくつかあった。たとえば、ANAは2023年2月に、羽田第2ターミナル国内線の大型出発案内板を撤去し、ANAアプリなどでの案内に移行した。しかし、小さな子連れの旅行者のように、両手が塞がってしまう人たちはスマートフォンを即座に使えない。従来の大型案内板を求める声が多く、2024年春には復活した。

 今回の国内線新運賃も、最安運賃では座席指定が出発24時間前までできない点をはじめ、大型連休の旅行や帰省でしか飛行機を使わない人たちには、わかりにくい面もあるだろう。さらに、制度改定直前まで、地上波のテレビ番組で芸能人による「マイル修行」が取り上げられていたことも、ここ数年あるいは最近SFCを知った人にとっては「ハシゴを外された」と受け取られかねないことで、実際にXでこうした指摘をしている人もみられた。

 そして、SFC改定に関する情報は、ANAのウェブサイトには載っているが、プレスリリース(報道発表資料)が発出されたわけではなかった。私自身、ANAのサイトを探して発表当日の記事を書いた。確かに、企業にとって利用者から反発を招くおそれがある内容であれば、大々的には周知したくないだろう。しかし、大きな変更が世間に十分知られていなければ、繁忙期に空港ではグランドスタッフやラウンジスタッフが、機内では客室乗務員が、乗客からの批判の矢面に立たなければならなくなる。

 コロナ前のANAは、利用者の“怒りポイント”の手前で、うまく折り合いをつけるコミュニケーションが取れていたように感じる。今回のSFC改定も、制度の見直し自体は必要でも、利用者が何に反発し、どういった条件であれば許容できるかを見極める余地は、競合他社の動向も含め、選択肢があったのではないか。航空業界は5年から8年程度の間に、何らかの危機的状況がやってくる業界である以上、非航空系事業を強化する必要性はある。しかし、コロナ前は良好だった利用者とのコミュニケーション方法を再考することが、企業の永続性につながるのではないだろうか。

(おわり)

関連リンク
全日本空輸

特集・ANA新制度 顧客との温度差
(1)プレミアムクラスが「ファーストクラス」表記に
(2)家族連れ注意!国内線最安運賃は座席指定24時間前から

ANA
プレミアムクラスが“ファーストクラス”表記? 解説・ANA、国内線新予約システム導入(25年3月1日)
ANA、上級会員「SFC」ラウンジ利用不可も 年300万円で区分(26年4月23日)
ANA、国内線運賃リニューアル 3種区分で分かりやすく(25年5月20日)
ANA、羽田保安検査場の大型案内板復活(24年4月2日)
ANA、787を2030年度100機超 非航空の収益力強化=新中期経営戦略(23年2月15日)

  • 共有する:
  • Facebook
  • Twitter
  • Print This Post
キーワード: