MRJ, エアライン, 機体, 解説・コラム — 2017年1月24日 10:45 JST

「素材技術で差別化」特集・岐路に立つMRJ、問われる総合力

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 「完成機メーカーが持っていない技術を追求したい」。1月23日、三菱重工業(7011)の宮永俊一社長は、5度目の納入延期が決まった国産初のジェット旅客機「MRJ」について、今後進めていく他社との差別化をこう説明した。

MRJの量産初号機の納期延期を発表する三菱重工の宮永社長=17年1月23日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 優れた空力特性や新型エンジンによる低騒音・低燃費、競合より居住性を良くした客室──。MRJは当初、ライバルを引き離す要素を持ち合わせていた。しかし、地域間輸送を担うリージョナルジェット機市場でトップシェアを誇り、最大のライバルであるブラジルのエンブラエルは、同じ新型エンジンを採用した次世代機「E2シリーズ」を堅実に仕上げてきた。当初はMRJにアドバンテージがあった量産初号機の納入時期も、差がなくなりつつある。

初飛行するMRJの飛行試験初号機。5度目の納入延期が決まり課題は山積している=15年11月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 戦後初の国産旅客機である日本航空機製造(日航製)のYS-11型機以来、約半世紀ぶりの旅客機開発となったMRJ。今後最大の難関となるのは、国が機体の安全性を証明する型式証明の取得だ。

 そして納入延期による顧客のつなぎ止めや、北米市場で懸案となっている航空会社とパイロット組合の間で結ばれた労使協定の条項「スコープ・クローズ」、ライバルとの差別化と、課題は山積している。MRJの開発遅延だけではなく、大型客船事業の収益悪化などにより、三菱重工そのものの経営環境が厳しい局面を迎えている現在、完成機ビジネスの妥当性を問う声も少なくない。

 5度目の納入延期を発表した23日の会見で宮永社長は、今後2、3年で単年度キャッシュフローがピークアウトすることなどから、財務面では事業を継続できる見方を示した。また、今後20年で必要とされる機体数が約2倍、年4%の成長が見込まれることから、完成機ビジネスを長期的に育成していく方針を堅持した。

 一方で、現在5機の飛行試験機を使って進めている試験の内容や、量産体制については全面的に見直すことになった。いずれも今後の進捗に合わせて詳細を決定していく。

 今年3月で開発開始から10年目に入るMRJ。2020年半ばとする量産初号機納入に向け、現状はどうなっているのだろうか。

—記事の概要—
「もう少し勉強すべきだった」
19年納入「チャレンジング」
求められるスコープ・クローズ対応
ライバルが持たない技術追求

「もう少し勉強すべきだった」

MRJの量産初号機の納期延期を発表する三菱重工の宮永社長=17年1月23日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 MRJは2008年3月27日、全日本空輸(ANA/NH)がローンチカスタマーとして25機(確定15機、オプション10機)を三菱重工に発注し、事業化が決定。同年4月1日には設計や型式証明の取得、販売などを手がける三菱航空機が営業を開始し、三菱重工は製造を担う。

 メーカー標準座席数が88席の「MRJ90」と、76席の「MRJ70」の2機種で構成。エンジンはいずれも低燃費や低騒音を特長とする、米プラット・アンド・ホイットニー製のギヤード・ターボファン・エンジン(GTFエンジン)「PurePower PW1200G」を採用する。

 これまでの受注実績は、ANAを傘下に持つANAホールディングス(ANAHD、9202)や日本航空(JAL/JL、9201)など7社から計427機。内訳は、確定受注が約半数の233機で、残りはキャンセル可能なオプション契約が170機、購入権契約が24機となっている。

MRJの発注に向けて基本合意に達したロックトンのルンド社長(右)に模型を手渡す三菱航空機の森本社長=16年7月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 このほかに、2016年7月に英国で開かれたファンボロー航空ショーでは、スウェーデンのリース会社ロックトンと最大20機(確定10機、オプション10機)の契約締結に向け、基本合意(LOI)に至った。ロックトンが正式契約を結ぶと、受注は8社447機(確定243機、オプション180機、購入権24機)になる。

 MRJの量産初号機の納期は当初、2013年だった。その後、主翼の材料を複合材から金属に変更したことなどで、1年の遅れが決定。2014年4-6月期としたが、2015年度の半ば以降、2017年4-6月期とずれ込み、直近では2015年12月24日に、2018年中ごろとする納期が示されていた。

 これが1月23日に発表された5度目の延期で、2019年末を目標に据えた上で、2年遅れの2020年半ばとした。

国際航空宇宙展の会場に展示されたMRJの客室モックアップ=16年10月13日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 「今回骨身にしみたのは、開発前の情報収集やリスク分析について、もう少し勉強すべきだった」。宮永社長は、2008年の開発決定からこれまでの進捗をこう振り返った。そして今回示した納入延期は、MRJ90の引き渡し開始から1年後にMRJ70を投入することまでを織り込んだスケジュールだと説明した。

 三菱重工では2016年11月に、MRJの開発体制を宮永社長直轄体制に変更。これまでは外国人の航空機開発経験者をアドバイザーとして迎えて助言を得ていたが、11月からは彼らに権限を持たせ、経験者の知見を生かした意思決定が出来る組織へ移行させた。

 三菱航空機の従業員は約1600人。約9割がエンジニアで、同社によると外国人が100人以上を占めるという。米国の開発拠点開設という増加要因もあるが、これまで意思決定に関与出来なかった外国人経験者が直接指示を出せる新体制に改めることで、開発をスピードアップさせる。

 2018年に量産初号機を受領予定だったANAHDは、今回の納入延期を受け、「先延ばしになったことは非常に残念であるが、完成度の高い機体が納入されることを願っている」との声明を発表した。

 MRJの納期が遅れた影響で、ANAHDは2016年6月に加ボンバルディア社のターボプロップ(プロペラ)機DHC-8-Q400型機(74席)を、3機追加発注。2017年度に全機受領し、MRJで運航予定だった路線に投入する。

 一方、32機すべてを確定発注したJALは、2021年の受領開始を予定。今のところ契約通りの受領を念頭に置いているという。

19年納入「チャレンジング」

MRJの設計変更部分を説明する三菱航空機の岸副社長=17年1月23日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 1月23日に明らかにされた新体制では、開発チームを2つに分けた。一つは型式証明(TC)取得に向けた最新の安全規制への適合を中心とする「MRJ開発チーム」、もう一つは差別化技術の開発や次世代機のコンセプトなどを立案する「将来差別化技術開発チーム」だ。

 量産初号機納入の半年前にあたる、2020年初頭までに型式証明を取得するため、外国人エンジニアからの指摘により一部装備品の配置変更や、これに伴う電気配線の変更が決定。5機ある飛行試験機による試験スケジュールや、量産体制の見直しも必要となり、納期の2年延期が決まった。

 MRJのチーフエンジニアである三菱航空機の岸信夫副社長は、「外国人専門家から機器の配置を見直した方が良いだろうというアドバイスを受けた。例えば大量の水が漏れた場合、同じ部屋(機器室)に同じ系統の機器があると水で動かなくなるので、前後(の機器室)に離すべきだ、といったことで配置を見直した。フライトコントロールの機器のみなどといった個別の機器ではなく、全体を見直した」と述べた。

MRJの最終組立工場の構造ライン。量産体制も見直される=16年3月10日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 「機内で爆弾が爆発するなど、通常では考えられないような大きなリスクにも対処できるようにした。機器の配置が決まった後に配線を決定するので、そのことが直接的な遅れだ」(岸副社長)と説明した。

 岸副社長はこれまで、飛行試験は2500時間を目安としてきた。これについて「増やす方向で考えている。1年程度で400時間を超える飛行試験やったが、そのまま活かせる部分とやり直す部分もある。どの飛行機を使うのか、それ以外の機体をどう使うかは今後考える」として、量産初号機として現在製造している機体を飛行試験に投入する可能性も含め、2020年納入に向けて試験を進める。

 量産機の試験投入については、飛行試験機に転用するか、量産機仕様のまま試験を実施するかなどを今後詰めていく。計画が全般的に見直されることに伴い、量産計画も練り直しとなる。

 一方で、目標に据えた2019年末の納入について岸副社長は「チャレンジング」と表現。事実上、2020年が納入目標となりそうだ。

求められるスコープ・クローズ対応

名古屋空港を離陸するMRJ90の飛行試験初号機。ひとまわり小さいMRJ70も計画通りの投入が求められる=16年8月28日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 MRJをはじめとするリージョナルジェット機にとって、最大の市場は米国。MRJの大口顧客は2009年10月に覚書を締結した、米国のトランス・ステーツ・ホールディングス(TSH)と、2012年12月に契約したスカイウェストだ。TSHは確定発注50機とオプション50機の計100機、スカイウェストは確定発注100機とオプション100機の計200機と、確定発注223機のうち、7割近くをこの2社が占める。

 しかし、最大市場である米国には、大手航空会社で働くパイロットの雇用を守るため、航空会社とパイロット組合の間で結ばれた労使協定の中に、「スコープ・クローズ」と呼ばれるリージョナル機の座席数や最大離陸重量の制限条項がある。

 リージョナル機は大手傘下の地域航空会社が運航するが、大手より賃金が安い地域航空会社へ路線移管が進むと、大手のパイロットは賃下げなどの問題に直面しかねない。そこでスコープ・クローズが設けられた。スコープ・クローズは過去に見直しが図られたが、現在は座席数76席以下、最大離陸重量8万6000ポンド(約39トン)という値が基準の一つになっている。

 宮永社長は「今の状態だとMRJ70がいい、早く緩和されればMRJ90がいいと顧客も揺れており、細やかなコミュニケーションを取らせていただいている」と述べ、スコープ・クローズの動向に適応した機種を投入していく姿勢を示した。

 大口である米国の顧客から契約をキャンセルされないためには、MRJ90を2020年に引き渡しを開始するだけではなく、2機種目となるMRJ70を計画通りに市場投入することが求められる。

ライバルが持たない技術追求

ファンボロー航空ショーで展示されたエンブラエルE190-E2=16年7月14日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 MRJが売りとする低燃費を実現するのが、細い胴体による空力特性や新開発の低燃費エンジンだ。しかし、このエンジンはエンブラエルの次世代機「E2」シリーズも採用する。

 E2シリーズは3機種で構成。最初に引き渡しが始まる「E190-E2」は1クラス106席、2クラスでは97席で、2018年に量産初号機を納入する見通し。開発が先行していたMRJを逆転する。

 続いて2019年に納入開始となる「E195-E2」は1クラス132席、2クラス120席、2021年に引き渡しを始めるシリーズ最小の「E175-E2」は1クラス88席、2クラス80席となる。

 MRJの機体構造を見ていくと、客室の快適性が燃費の良さと並ぶ売りだ。E2シリーズの機体サイズは既存機「Eシリーズ」と変わらない。客室の高さはE2の200センチに対してMRJは203センチと、少し頭上に余裕がある。

キャリーバッグが収納できるE190-E2のオーバーヘッドビン=16年7月14日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 しかし、MRJが客室の広さを活かして大型化したオーバーヘッドビン(手荷物収納棚)は、エンブラエルも追従。既存のEシリーズと比べ、E2は約3割大型化した。低燃費や快適性だけでは、E2シリーズとの差別化が難しくなっている。

 型式証明取得に向けた開発とは独立して進めるライバルとの差別化について、宮永社長は「空力設計上の差別化はかなり進んでいるので、完成機メーカーが持っていない技術を追求したい。そのひとつが複合材やアルミ、チタンなどの材料技術。合金技術や複合材技術、その組み合わせ方などを駆使して差別化したい」と語る。

 エンジンについても、三菱重工が4月から航空機エンジン部門をガスタービン部門へ移管することに合わせ、「地上と航空で異なるが、原理は同じ」(宮永社長)として、燃費改善などで補える部分を探っていく。

企業としてだけではなく航空機ビジネスの総合力も問われるMRJ=16年8月27日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 5回の納入延期と、試験内容や量産体制の見直し。三菱重工が長期的に完成機ビジネスを続ける意志を明確にした今、ライバルが持たない素材技術など総合力で勝負に出る。

 一方、航空機は納入後20年前後は運航されるため、サポート体制が機体の善し悪しとともに問われるビジネス。企業としての総合力だけではなく、航空機ビジネスの総合力もこれまでに以上に顧客から厳しく評価されるだろう。

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