MRJ, エアライン, 機体, 解説・コラム — 2015年12月25日 08:55 JST

岸副社長「経験不足」特集・MRJはなぜ納入遅れになるのか

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 「50年ぶりの(旅客機)開発のため、知見や経験が足りない部分があった」。11月11日、飛行試験初号機(登録番号JA21MJ)が初飛行に成功した、三菱航空機のジェット旅客機「MRJ」のチーフエンジニアである岸信夫副社長は、量産初号機の引き渡し時期の遅れについて、こう語った。

 12月24日、三菱航空機と三菱重工業(7011)は4度目となるMRJの引き渡し延期を発表。これまで2017年4-6月期としていたが、1年程度の遅れが生じる。ローンチカスタマーであるANAホールディングス(9202)では、初号機受領は2018年4-6月期(第2四半期)から7-9月期(第3四半期)ごろになるとの見方を示している。

*5度目の延期詳報はこちら(17年1月24日)。

MRJの納入時期について説明する三菱航空機の岸副社長(手前)=12月24日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 これまでのスケジュール見直しを振りかえると、2008年3月27日、ANAがオプション10機を含む25機を発注したことで開発を開始し、当初の納入時期は2013年だった。

 これが主翼の材料を複合材から金属に変更したことなどで、1年の遅れが決定。初飛行を2012年7-9月期、量産初号機納入を2014年4-6月期としたが、2012年4月には2回目の延期が決まり、初飛行は2013年10-12月期、初号機納入を2015年度の半ば以降に伸ばした。

 そして、2013年8月22日の3回目のスケジュール見直し発表により、初号機の引き渡しは2017年4-6月期と大幅に延期された。初飛行は5度の延期を経て11月11日となったが、ANAへの引き渡し予定は、この2013年8月発表の時期を維持してきた。

 24日の発表では、今後のスケジュールと体制、試験結果の反映状況、納入遅延の要因と、大きく分けると3つの発表があった。

 この中で岸副社長が繰り返し強調していたのは、主翼や主脚(ランディングギア)の強度不足と一部で報じられたことが、納入遅れの理由ではないということだった。

 ではなぜ、引き渡しは遅れるのだろうか。そして、リージョナルジェット機市場で最大のライバルとなる、MRJと同じ新型エンジンを採用した、3つの機体サイズで構成する次世代機、エンブラエル「E2」シリーズとは、どう差別化していくのか。

—記事の概要—
1月下旬に飛行試験再開
シミュレーションから実機検証へ
18年納入開始のE2シリーズ

1月下旬に飛行試験再開

 まず、見直し後のスケジュールを整理してみよう。11月11日に飛行試験初号機が初飛行に成功後、好天の日を見計らい19日に2回目の、27日に3回目の試験飛行を同じ機体で行っている。

MRJの変更後の開発スケジュール(三菱航空機の資料から)

 現在は地上試験や走行試験、飛行試験で得られた結果を機体に反映。岸副社長は「1月の中頃までには改修を済ませ、時期を見て再開する」として、1月下旬ごろに飛行試験を再開させる意向を示した。また、飛行試験2号機の初飛行は、2016年4-6月期を計画している。

 これまで2016年4-6月期をめどに開始予定だった、米ワシントン州モーゼスレイクでの飛行試験については、2016年10-12月期に飛行試験初号機を現地へフェリー(回送)する。一方、今回のスケジュール見直しでは、飛行試験を2500時間実施するという数値は見直さない。

 そして、5機の飛行試験機で飛行試験を2018年ごろまで続け、2018年前半には機体の安全性を証明する、国土交通省航空局(JCAB)による型式証明を取得し、2018年の春から夏ごろには量産初号機をANAへ引き渡す計画だ。

 3カ所ある開発拠点の役割や体制を見直す。三菱航空機本社では、飛行試験や量産準備、安全性を証明する国の型式証明取得に向けた準備、カスタマーサポートなどを担当。米国の「シアトル・エンジニアリング・センター」では開発設計や技術課題への対策、「モーゼスレイク・テスト・センター」では飛行試験や試験結果の解析などを担う。各拠点には、航空機に知見のある役員クラスを配置する。

 一方、三菱重工主導と言われる現在の組織体制を見直す可能性について、三菱航空機の森本浩通社長は、「今求められているのは実行力」と述べ、見直す考えはないとした。

 量産初号機を受領するANAホールディングスでは、主に今後退役するボーイング737-500型機(126席)の運航路線に投入を計画している。11月27日時点で737-500は18機保有しており、MRJの受領が遅れることで、老朽化した同機の退役をさらに遅らせる必要性が出てきた。

シミュレーションから実機検証へ

 一部で報じられた、主翼や主脚(ランディングギア)の強度不足を否定した岸副社長。では、今回発表された機体の強度を向上させる改修や、初飛行を延期した今年4月のスケジュール見直しの時点で、なぜ納期は延期されなかったのだろうか。

初飛行を終えたMRJ。年内の飛行試験は3回にとどまった=11月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 地上試験や飛行試験の結果を受け、改修した点を大別すると機体強度の向上とソフトウェアのバージョンアップだ。

 機体の強度を試験する静強度試験機を使い、全強度試験を進めた結果、現在は主翼の付け根と胴体の改修を進めている。機体システムに組み込まれているアビオニクスなどのソフトウェアについても、バージョンアップを実施していく。

 こうした改修内容を説明していく中で、岸副社長は3回実施した飛行試験について、「大きなトラブルはない」と語った。

 また、ANAからの仕様変更要求が遅延要因になったとする一部報道や、主翼や主脚(ランディングギア)の強度不足といった懸念について、「初飛行後から納入までのスケジュールを全体的に見直したもの」(岸副社長)と納入遅れの要因を述べ、これらを否定した。

 今年4月10日、初飛行を4-6月期から9-10月期に見直したが、この時点では量産初号機の引き渡し時期を見直すことはなかった。「4月の段階では、地上試験も飛行試験も行っていなかった」(岸副社長)ことで、実際に試験を実施した結果を受け、今回発表の開発スケジュールでは、試験内容の項目数を増やし、機体への反映期間に余裕を持たせたという。

 また、従来シミュレーションでの検証で十分だと考えていた試験を、実機での検証に切り替えるなど、試験の進め方を見直し、安全性を高める。

 実際に試験を進めていく中で、結果を機体に反映する期間の見通しや試験の進め方に対する認識の甘さが、今回の納入延期につながった。

 機体の強度不足の改修は、従来のスケジュールの範囲で進んでおり、納入遅延の要因は強度不足ではなく、冒頭の「50年ぶりの開発」による経験不足によるもの、というのが岸副社長による説明の要旨だった。

18年納入開始のE2シリーズ

 MRJが売りとする低燃費を実現するのが、細い胴体による空力特性や新開発の低燃費エンジンだ。しかし、この米プラット・アンド・ホイットニー(P&W)製「GTFエンジン」は、エンブラエルの次世代機「E2」シリーズも採用する。

リージョナル機としては大型の手荷物収納棚を備えたMRJのモックアップ=6月17日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 MRJの引き渡しが始まる2018年には、E2シリーズの納入が始まる。座席数も最初に引き渡しが始まる「E190-E2」は1クラス106席、2クラスで97席と、1クラス92席でANAが受領する「MRJ90」に近い。続いて2019年に納入開始となる「E195-E2」は1クラス132席、2クラス120席とやや大きく、2020年に引き渡しを始める「E175-E2」は1クラス88席、2クラス80席で、1クラス78席の「MRJ70」と競合する。

 つまり、今回の納入延期で、最大のライバルとの納期面での差はほぼなくなった。、低燃費の新型エンジンを採用していることから、性能面でも大差をつけにくい。しかも、エンブラエルはリージョナルジェット機の最大手だ。

 MRJの機体構造を見ていくと、客室の快適性が燃費の良さと並ぶ売りだ。E2シリーズの機体サイズは既存機「Eシリーズ」と変わらない。客室の高さはE2の200センチに対してMRJは203センチと、少し頭上に余裕がある。そして、近年機内持ち込みが増えているキャリーバッグを、手荷物収納棚にしまえる点で差別化している。

 岸副社長は、エンジンをGTFエンジンに換装したE2に対し、MRJは当初からGTFエンジンを前提に機体を開発している点に優位性があるとしている。

 しかし、航空機は納入後のサポート体制が大きく問われる。長ければ20年は使われる機体に部品を供給し続けるなど、永続的な体制が求められるからだ。すでにリージョナルジェット機市場を席巻しているエンブラエルは、機体のみならずこの点でも実績を積んでいる。

 MRJは今後試験が進めば、さらなる改良が求められる可能性がある。5度目の延期を防ぐとともに、販売を進めていく上で不可欠であるサポート体制構築も、大きな課題だ。

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