IATA(国際航空運送協会)は、2026年に世界経済が直面する主要リスクを分析したレポート「An assessment of risks in 2026: Converging risks and vulnerabilities(2026年のリスク評価:収束するリスクと脆弱性)」をまとめた。
気候変動や高水準の債務、軍事費の増大に加え、サイバー脅威とAI(人工知能)が航空を含む重要インフラの新たな弱点になりつつあると指摘。民間航空分野では、ICAO(国際民間航空機関)が進めてきた世界的な調和から、各国独自の政策へと流れが変わりつつあり、ドル相場や原油価格の動きも航空会社のコスト構造にとって鍵になると分析した。

2026年の主要リスクをまとめたIATA=PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire
—記事の概要—
・1. リスクマトリックスが示す2026年の全体像
・2. 気候変動と強制移動がもたらす不安定化
・3. 多国間主義の後退と航空政策の断片化
・4. 高水準の債務と市場の集中リスク
・5. 米中間選挙と債務上限を巡る米国の政治リスク
・6. 中国不動産と世界成長への重し
・7. 軍事費増大と「機会費用」
・8. ドル安と航空会社のコスト構造
・9. 原油価格と燃料費の行方
・10. インフレは中程度、失業は歴史的低水準
・11. サイバー脅威とAIが突く脆弱性
・12. パンデミックリスクと長期的な成長鈍化
1. リスクマトリックスが示す2026年の全体像
レポートは、発生可能性と世界経済への悪影響の大きさでリスクを分類したマトリックスを提示し、2026年に向けて警戒すべき領域を示した。

2026年のリスクマトリックス(IATAの資料から)
気候変動、政策の断片化、地政学的緊張、高水準の債務、軍事費増大、サイバー脅威とAIは、発生可能性と影響の両方が大きいリスクと位置づけた。
一方で、パンデミックや米国債のデフォルト、深刻な世界的景気後退、世界金融危機は発生確率は低いものの、起きた場合のインパクトが大きいリスクとして整理している。
2. 気候変動と強制移動がもたらす不安定化
気候変動については、極端な気象やサプライチェーンへのストレスが農業、生産、インフラ、世界貿易を混乱させるとした。気候リスクが高まることで座礁資産が増え、世界全体の成長を押し下げる恐れがある。
強制移動者は2024年に1億2320万人に達しており、移民の受け入れ・制限を問わず、国境管理や支援体制には大きな負荷がかかっている。気候変動への国際的な取り組みが弱まれば、移民や適応策に関する進展が遅れるとの見方を示した。
3. 多国間主義の後退と航空政策の断片化
政策の断片化も大きな懸念材料に挙げた。多国間主義は弱まりつつあり、武力紛争の件数は2013年の39件から2022年には55件に増えている。第二次世界大戦後にGATTやWTOを通じて進んだ関税引き下げの流れは、近年、関税や産業政策、安全保障を理由とした制限強化へと反転している。
民間航空では、ICAOが約80年かけて積み上げてきた世界的な調和から離れ、国や地域ごとに異なる政策や課税が増えている。CO2排出など環境分野でも断片的な枠組みや課税が持ち込まれており、グローバルなネットワークという航空の強みを損なうリスクが高まっているとした。
4. 高水準の債務と市場の集中リスク
債務と金融の不安定性も見過ごせない。2024年の世界全体の債務残高は対GDP比で235%を超え、パンデミック期を除けば過去最高水準になった。多くの国で財政赤字が高止まりし、債務の蓄積ペースも速い。高い債務は金利に対する感応度と返済負担を押し上げ、金融環境の変化への脆弱性を大きくする。景気が悪化した局面で財政政策を打つ余地を奪いかねない状況だ。
米国株式市場では「マグニフィセント・セブン」と呼ばれる7銘柄が2020年以降のS&P500指数上昇の半分超を担っており、少数銘柄への集中が市場全体の不安定要因になっていると説明した。
5. 米中間選挙と債務上限を巡る米国の政治リスク
米国の政治リスクも2026年の要注意項目に挙げた。11月3日に予定される中間選挙を巡っては、結果への不信や争訟が政治の混乱を招く可能性がある。同時期には債務上限の引き上げが必要になる見込みで、合意に失敗した場合は米国債のデフォルトや世界金融危機の引き金になりかねない。
連邦政府の予算運営はここ数年、通常の歳出法案ではなく、つなぎ予算やオムニバス法案への依存が続いている。記録的な長期閉鎖を経験した後も、現在の歳出権限は2026年1月30日までに限られており、その後の政府機関閉鎖リスクが残ると指摘した。
6. 中国不動産と世界成長への重し
中国の不動産セクターは、危機的な局面から部分的な安定段階へと移行しつつあるものの、供給過剰と需要の弱さが続いている。
新築市場と中古市場の乖離やデベロッパーの資金繰り、銀行の不良債権リスクもなお残存しており、2026年も中国経済と世界経済の成長を抑える要因になるとみている。
7. 軍事費増大と「機会費用」
軍事費の増大も長期的な重荷として位置づけた。世界の軍事支出は2024年に2.7兆ドルと推計され、実質ベースの伸び率は前年比9.4%となった。
冷戦終結以降で最大の増加であり、インフラや教育、気候対策など他分野への投資機会を奪う「機会費用」になると警鐘を鳴らした。
8. ドル安と航空会社のコスト構造
為替は、リスク・マトリックス上では相対的に影響度が低い区分に置かれているものの、航空にとっては見逃せない要素だ。レポートは、米連邦準備制度理事会(FRB)の金融緩和局面入りや双子の赤字などを背景に、2026年の米ドルは主要通貨に対して下落する可能性が高いとみている。多くの国にとってドル安はドル建て債務の返済負担を軽くし、貿易条件の改善につながる。
航空業界では航空機購入や燃料など費用の半分以上がドル建てとされ、ドル相場の動きがコスト構造を左右する要因になる。
9. 原油価格と燃料費の行方
原油も、同じく航空会社の収益を左右する重要な変数とした。電化やLNGへの移行が進み、エネルギー構造は変化しつつある。供給拡大と需要鈍化が重なり、原油価格には下押し圧力がかかっていると指摘した。原油安は航空会社の燃料費を抑える方向に働き、コスト面での支援材料になると整理している。
一方で、脱炭素の進展により一部の空港では従来型ジェット燃料の供給が細る可能性があるとし、燃料コストの水準だけでなく調達リスクにも目配りが必要になると述べた。
10. インフレは中程度、失業は歴史的低水準
インフレは2026年に「中程度のリスク」と評価した。労働力不足やサプライチェーン制約、サービス価格の上昇に加え、関税などの政策要因が物価を押し上げる可能性がある。
失業については、足もとの世界失業率は歴史的に低い水準にあるものの、マトリックス上では「失業の高まり」が低影響・低確率のリスクとして位置づけられている。低失業は賃金上昇圧力やインフレ要因にもなり得ると分析した。
11. サイバー脅威とAIが突く脆弱性
サイバー脅威とAIは、発生可能性と影響度の両面で最も高いゾーンに置かれた。AIは悪意ある攻撃者の能力を高め、攻撃の自動化や巧妙化を促す。航空は重要インフラや複雑な情報システムに依存する産業であり、サイバー攻撃に対して特に脆弱なセクターの一つと位置づけられている。
AIは偽情報の拡散、プライバシーの侵害、所得や雇用の格差拡大といった社会的なリスクも伴うとまとめた。
12. パンデミックリスクと長期的な成長鈍化
パンデミックと世界経済の減速については、長期的な警戒が必要とした。パンデミックは「100年に一度の出来事」ではなく、任意の年に発生する確率は2%程度と見積もっている。
陸地の約1割が新興感染症の発生リスクが高い地域とされる一方、多国間協力の弱体化により、次のパンデミック時には世界的な初期対応が遅れる恐れがある。
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IATAは、2026年に深刻な世界的景気後退が起きるリスクは限定的としつつ、今世紀を通じて潜在成長率の低下と世界経済の成長鈍化が続く可能性がある、と総括した。
関連リンク
An assessment of risks in 2026(IATA)
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