三菱重工業(7011)は5月19日、空港内や都市間輸送向けの次世代新交通システム「Prismo(プリズモ)」を開発したと発表した。駅での急速充電など自社開発のエネルギーマネジメントシステムを初採用し、最高時速80キロの運行を可能にした。従来のAGT(自動案内軌条式旅客輸送システム)と比べて消費電力とCO2(二酸化炭素)排出量を約10%削減し、駅間の架線を不要にする「架線レス」化や軌道のスリム化などで、建設費や保守費の削減、景観への配慮を両立させた。

三菱重工の次世代AGT「Prismo」=25年5月19日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire
—記事の概要—
・架線レスで最高時速80キロ
・都市間輸送や空港に焦点
・脱炭素拠点・三原製作所で製造
・「人を運ぶだけではない分野も」
架線レスで最高時速80キロ
Prismoは、停車中の駅で車体に搭載したバッテリーに急速充電し、駅間約2キロメートルを最高時速80キロで走行する次世代型AGT。車両の誘導方式には、従来の車体両側にレールを設ける「サイドガイド方式」ではなく、車体下中央に1本のレールを配する「センターガイド方式」を採用し、軌道構造物をスリム化した。

三菱重工三原製作所内の試験線を80キロで走る三菱重工の次世代AGT「Prismo」=25年5月19日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire
駅間の架線をなくす「架線レス」化も実現。インフラ建設費や保守コストを削減し、外観面でも景観への影響を抑えられることから、観光地や都市部への導入に適した構成とした。また、架線レスや軌道構造物のスリム化により、走行時の静粛性も高まっている。

Prismoを説明する三菱重工の星光明GXセグメント長代理(右)と藤岡健治GXセグメント長代理=25年5月19日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire
軌道設計の柔軟性を高めた点も特徴で、最小曲線半径は22メートル、最大勾配は10%に対応。ゴムタイヤによる低騒音・低振動の走行性能とあわせて、住宅密集地や高低差のある地形など、従来の鉄道やAGTでは対応が難しかった都市インフラへの適応性を高めた。景観への配慮が求められる観光地などにも対応可能で、既存都市との連携も視野に入れた多様な導入パターンを提案でき、地方都市や空港アクセスにとどまらない幅広い展開も見込んでいる。
空港での活用は、従来のターミナル間を結ぶ乗客用シャトルだけでなく、手荷物搬送をはじめ新たな提案を検討している。
三菱重工のGXセグメント長代理で、三原地区を統括する星光明理事は「駅間2キロの都市間交通を優先的に考えていきたいが、空港ではバゲージハンドリングをやってみたい」と、新たな領域開拓に意欲を見せた。現在の最高速度80キロは「駅間2キロで走るシステムなので、仕様としては妥当」と説明した。

三菱重工三原製作所内の試験線に設けられた勾配を登る次世代AGT「Prismo」=25年5月19日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire
都市間輸送や空港に焦点
Prismoは、三菱重工が2000年代から展開してきた「Crystal Mover(クリスタルムーバー)ファミリー」の新ブランド。三菱重工が初めて自社開発したエネルギーマネジメントシステムを搭載し、武蔵エナジーソリューションズと三菱電機(6503)が共同開発した高出力蓄電デバイス「MHPB(Mitsubishi High Power Battery)」をAGT向けにカスタマイズして採用した。駅での急速充電と走行中の回生電力の蓄電・再利用を両立し、車両の信頼性や運行継続性を高めている。停電発生時も次の駅までの走行が可能となり、公共交通機関に求められるレベルでの信頼性と継続運行性を備えた構成となっている。

シンガポールのチャンギ空港内にある商業施設「ジュエル」を走るCrystal Mover=24年8月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire
Crystal Moverの導入実績のうち空港は9カ所で、最多の北米はアトランタ、タンパ、ワシントン・ダレス、オーランド、マイアミの5空港、アジアでは香港、シンガポール・チャンギ、ソウル・仁川の3空港、中東はドバイに導入済み。今後はPrismoも提案していく。
GXセグメント長代理で、Prismoを担当する藤岡健治理事は「約30秒で1駅走るコンセプトで開発した。80キロで走る代替手段はなかなかない。100人乗りの車両を2両、3両、4両とつなげば、大型航空機の乗客をまとめてターミナルまで運べるので、優位性はあると思う」と語った。
三菱重工では、Prismoの投入によりCO2排出量をライフサイクル全体で約6400トン削減できるとしている。製造・建設段階で40%、運行・保守段階で10%のCO2排出量削減が見込まれており、カーボンニュートラル社会の実現に向けた次世代交通インフラとしての位置づけを明確にし、主に海外での展開を視野に入れている。
脱炭素拠点・三原製作所で製造
三原製作所は1943年設立。SL(蒸気機関車)や貨車、ブレーキ、ホームドアなど鉄道関連製品の製造を手がけてきた。1971年にAGTの開発に着手し、1981年に国内初導入、1988年には香港空港向けに海外納入を開始した。

三菱重工三原製作所のAGT車両工場=25年5月19日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire
これまでに国内外で約1000両を納入しており、Crystal Moverは同社AGTの主力ブランドとなっている。Prismoは新たなラインナップで、技術革新と環境対応を両立した製品として開発された。これに合わせて、三原製作所は2本あるAGT用試験線のうち、1本をPrismo専用のセンターガイド方式に切り替えた。
三原製作所は、三菱重工のカーボンニュートラル戦略「Mission Net Zero」のモデル拠点として、脱炭素化の実証と技術蓄積を担っている。2022年6月からCO2排出の「見える化」と削減施策の評価を実施しており、約97%の削減を実現。特に導入された約1万4000kW規模の太陽光発電は費用対効果の高い取り組みとして評価されており、同所で生産するPrismoは100%太陽光由来の電力で製造されている。
三菱重工の森原雅幸・カーボンニュートラル推進室長は「今後CO2排出量は増えていく。増えていく中で排出量を減らしたいお客さま、減らしていくべきという世の中のニーズがある。CO2を出さない社会インフラを、できるだけCO2を出さずに作っていく取り組みだ」と説明した。

かつて製造したC57を展示している三菱重工三原製作所=25年5月19日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

三菱重工三原製作所のAGT車両工場=25年5月19日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire
「人を運ぶだけではない分野も」
三菱重工は、Prismoを通じて空港や都市交通の枠を超えたAGT市場への展開を視野に入れている。藤岡氏によると、AGT市場は2022年時点で約1500億円規模とされ、年平均5.3%で成長し、2030年には2250億円に達する見通し。三菱重工は世界で約3割のシェアを持ち、国内では半数近い導入実績がある。今後は空港や都市交通に加え、新たな需要分野への提案を強化し、受注活動を本格化させる。

三菱重工の次世代AGT「Prismo」=25年5月19日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

Prismoの開発を統括する三菱重工の田代太郎・主席プロジェクト統括=25年5月19日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire
Prismoはシステム全体としての納入を前提としており、車両とインフラを一体で提供する。開発を統括する三菱重工のGXセグメント モビリティエンジニアリング部の田代太郎・主席プロジェクト統括は、Prismoの開発期間について「今日までに4年かかっている」と述べ、「すでに引き合いがあり、数年後には提供したい」と語った。
藤岡氏は「人を運ぶだけではない分野も提案してきたい」と、空港内のバゲージハンドリングのような貨物や荷物の輸送手段としても提案していく。
関連リンク
Prismo – 未来の脱炭素モビリティへ
三菱重工業
動画(YouTube Aviation Wireチャンネル)
・架線レス+センターガイドで時速80キロ!三菱重工「Prismo」
・三菱重工、26年3月期は最終益2600億円予想 トランプ関税は織り込まず(25年5月12日)