MRJ, エアバス, エアライン, 機体, 解説・コラム — 2025年2月26日 14:00 JST

ANAはなぜエンブラエルを選んだのか 完結編・どうなるスペースジェット跡目争い

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 全日本空輸(ANA/NH)などを傘下に持つANAホールディングス(ANAHD、9202)が2月25日、ボーイング787-9型機など最大77機を発注すると発表した。確定発注が68機、オプションが9機と大半が確定発注で、一度の発注機数としては過去最多となった。発注総額はカタログ価格換算で約2兆1580億円に上るが、航空機の契約は複雑であり、額面通りの契約はまずあり得ない。今回もこの額を下回る金額で契約したもようだ。

ANAのE190-E2(イメージ、エンブラエル提供)

 この中で目玉となったのは、リージョナルジェット最大手であるブラジルのエンブラエルが開発した最新鋭機E190-E2だ。確定発注が15機、オプション(仮発注)が5機の最大20機で、2028年から引き渡しを予定している。

 三菱重工業(7011)が開発を中止した90席クラスの国産リージョナルジェット「三菱スペースジェット(旧MRJ)」のポジションは、何機種か候補があったが、エンブラエルのE190-E2がものにした。ANAはスペースジェットに改称前のMRJのローンチカスタマーとして、確定15機とオプション10機の最大25機を2008年3月27日に発注したものの、度重なる納入延期を通告された。

ファンボロー航空ショーの会場上空で飛行展示の予行演習をするMRJ=18年7月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 このため、2023年2月7日の開発中止発表前から、スペースジェットはANAの機材計画では別立てとされており、今回も結果としてスペースジェットとE190-E2は近い発注機数になったものの、現在の需給バランスを基に発注数を決めている。

 当紙では、2023年4月にANAがスペースジェットの契約を解除した直後、解説記事「ANAが契約解除 どうなるスペースジェット跡目争い」を掲載した。ここで取り上げた機種は、エンブラエルのE2シリーズと、エアバスがカナダのボンバルディアから2018年7月に買収し、名称を「Cシリーズ」から変更したA220の2機種だった。

 E190-E2の決め手は何だったのだろうか。

—記事の概要—
A220より軽く運航コスト低減
安定期に入るE190-E2
日本の人口減少と路線維持

A220より軽く運航コスト低減

 結論から述べると、運航時の経済性と、今後の日本の人口減少という、2つの評価軸が大きく作用した。まずはE2シリーズとA220を経済性から見ていこう。

 スペースジェットの開発中止直後、エンブラエルは日本でE2シリーズの航空関係者向けデモンストレーションを開催。E2シリーズは以前から日本に何度か姿を見せていたが、国産リージョナルジェットを手に入れることができなくなった日本の航空会社に、最新鋭機をアピールする絶好のタイミングとなった。

羽田で日本とブラジル両国の国旗を手にE195-E2を披露するエンブラエルのクルー=22年11月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

都内でE2シリーズの特徴を説明するエンブラエル民間航空機部門のホームズ最高商務責任者=22年11月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 2023年11月に来日したエンブラエル民間航空機部門のマーティン・ホームズ最高商務責任者は、A220との違いをこう説明した。「A220は航続距離が長い分、機体が重い。E2はA220と比べて軽く、低燃費、低騒音、CO2(二酸化炭素)が低排出、運航コストを下げられるといったメリットがある」と、似たような機体サイズながらも、航続距離などターゲットの違いから、運航コスト面で違いが出てくることを強調していた。

 エンブラエルのE2シリーズは、従来のE170とE175、E190、E195の4機種で構成する「Eジェット」(E1)の後継機で、E175-E2とE190-E2、E195-E2の3機種で構成。新型エンジンや新設計の主翼、主脚の格納した際のドアなどで、燃費を向上させた。1クラス構成の標準座席数は、E175-E2が88-90席、E190-E2が106-114席、E195-E2が132-146席となる。

 このうち、E190-E2は2018年4月24日に就航し、E195-E2は2019年9月12日に初納入された。開発中のE175-E2は2019年12月12日に初飛行したものの、コロナの影響により計画が延期となり、2027年以降の就航を計画している。

 一方、エアバスが2018年にボンバルディアからCシリーズを買収したA220は、E2シリーズと比べるとやや大きめ。A220は部品を9割以上共通化したA220-100(旧CS100)とA220-300(CS300)の2機種で構成され、標準座席数はA220-100が100-130席、中胴が3.7メートル長いA220-300は130-160席となる。

トゥールーズでお披露目されたA220-300=18年7月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 E2シリーズが100席未満のマーケットを中心に発展してきたのに対し、A220はエアバスのA320neoやボーイングの737 MAXといった150-230席クラスの小型機よりも、やや座席数が少ないマーケットを狙っている。

 これはA320や737が改良されるごとに大型化され、かつて存在していたA318や737-600といった130席クラスの機体がラインナップから消え、空白が生じたためだ。実際、欧州域内や米国内といった、「距離はあるが座席数はそこまで必要ない」といった路線で姿を見かける。



【動画】E190-E2 Media flight at Funborough Air Show 2018

 一方、エンブラエルは既存機の整備上の問題点などを細かく見直し、短時間かつ設備が十分ではない環境下でも、極力ダウンタイムを減らせる点など、小規模な航空会社が運航することが多いリージョナルジェット特有の事情にも配慮している点も、セールスポイントだ。これはANAのように大規模な航空会社にとっても、整備する機種が増える中で、手のかからない機材であることに越したことはない。

 E2とA220のエンジンは、スペースジェットと同じく、低燃費と低騒音を特徴とする米プラット&ホイットニー(PW)製GTFエンジンを採用。E2は推力の違いにより、E175-E2がPW1700G、E190-E2とE195-E2がPW1900Gを搭載し、A220はPW1500Gを採用している。

 MRJ時代、エンジン選定や開発の一部は三菱が先行していたが、皮肉なことに売りのひとつだった新型エンジンは、ライバルと言える後発機が有効活用することになってしまった。

 E2とA220を比べた場合、燃料や整備も含めた総合的な運航コストで、E2が選ばれたと言えるだろう。

安定期に入るE190-E2

 では、3機種あるE2シリーズで、なぜE190-E2が選ばれたのだろうか。

 ANAのE190-E2の座席数は未定。国内では日本航空(JAL/JL、9201)傘下のジェイエア(JAR/XM)が運航するE190の座席数が2クラス95席(クラスJ 15席、普通席80席)となっており、今後モノクラスと複数クラスを比較し、採算性が見込めるレイアウトを採用する。

ファンボロー航空ショーで飛行展示を披露するE190-E2=22年7月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 現時点で投入路線は決まっていないが、航続距離が5278キロと従来のE190より伸びることから、これまで空白だった100席クラスの機材として導入するとともに、従来とは異なる路線の可能性も検討していく。

 MRJがローンチした当時に戻ると、メーカー標準座席数が88席の標準型「MRJ90」と、76席の短胴型「MRJ70」の2機種構成だった。スペースジェットに改称後はMRJ90を90席クラスの「SpaceJet M90」に改め、米国市場に最適化した機体サイズの70席クラス機「SpaceJet M100」をM90を基に開発する計画だった。このうち、ANAはM90(MRJ90)の導入を予定していた。

 今回のANAの機材計画では、ボンバルディア(現デ・ハビランド・カナダ)のターボプロップ機DHC-8-Q400型機(1クラス74席)と、ボーイング737-800型機(2クラス166席)など160席クラスの機材の隙間を埋める、現有機にない100席クラスの機材として、E190-E2を選定している。

 MRJ90と同じサイズであれば、E2シリーズでは開発中のE175-E2になるが、まだ商業運航に入っていない。一方、E190-E2は2018年に就航しており、ANAが導入する時点で10年の運航実績がある。仮に初期トラブルがあったとしても、10年運航できている機材であれば改良が進み、大きな問題にはなりにくい。

E190-E2飛行試験機のコックピット=18年7月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

ファンボローで出発を待つE190-E2飛行試験機の機内=18年7月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 客室に目を向けると、従来より大型化した頭上の手荷物収納棚(オーバーヘッドビン)は、機内持ち込みが可能なローラー付きのスーツケースを4つ収納できるようになっている。各席に電源コンセントを設け、照明にはLEDを採用するなど、近年の客室に求められる装備を網羅している。

 エンブラエルによると、オプションでパナソニック コネクトの米国グループ会社パナソニック アビオニクス製機内インターネット接続サービスも用意しているという。

日本の人口減少と路線維持

 しかし、より大きなE195-E2という選択肢はなかったのか。100席クラスのE190-E2に対し、E195-E2は140席前後となるため、仮にE195-E2で100人しか乗らないと、ロードファクター(座席利用率)は70%台となってしまい、最低でも8割は乗ってほしい航空会社としては採算面で厳しい。

MRJの納入遅延で導入した代替機はQ400と737-800だった=PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 国内の人口減少を考慮すると、74席のQ400と166席の737-800の間は、140席クラスのE195-E2ではなく100席クラスのE190-E2のほうが、現在Q400や737で運航している路線の機材を見直す際、より効果的な機材計画を立てられるだろう。

 そして、ANAやJALといった大手でさえ、今後国内線のネットワークを維持するのは厳しい時代に入っていく。国際線は旺盛なインバウンドで好調だが、航空会社はおおむね10年に一度程度の割合で、世界規模の経済危機や感染症といったコントロール不可能な外的要因により、大きなダメージを受ける可能性がある。国際線が儲かっているのだから、その利益で国内線を支えればいいという内部補助は、徐々に限界を迎えつつあり、国内線の機材をより最適にすることが求められている。航空機は一度導入すると旅客機であれば20年程度運航することになり、先を見据えた判断が必要だ。

 機体の経済性や日本が抱える人口減少問題を考えると、受領時には機体として完成度が高まっているE190-E2が最適解と言えるだろう。

関連リンク
全日本空輸
Embraer

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E190-E2機内の動画(YouTube Aviation Wireチャンネル
E190-E2 Media flight at Funborough Air Show 2018

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