エアライン, 解説・コラム — 2021年6月25日 20:29 JST

テレワークだけで参加企業とイベント実現 旅と学びの協議会・ANA大下眞央さんに聞く

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 テレワークやリモートワークといった言葉があふれ、ビデオ会議も普及したこの1年。6月に入り新型コロナワクチンの職域接種も始まり、徐々にコロナ前の生活に戻れる兆しも見えてきた。ワクチン接種が進むと、仕事や旅行で空の便を利用する機会も戻ってきそうだ。

 全日本空輸(ANA/NH)を傘下に持つANAホールディングス(ANAHD、9202)では、旅の効能を科学的に追求しようと「旅と学びの協議会」を1年前の2020年6月に設立。旅を次世代教育の一環として活用する取り組みで、有識者の中核メンバーとして立命館アジア太平洋大学(APU)の出口治明学長らを招いた。同月23日にはキックオフイベントが協議会のFacebookページで開かれ、コロナの影響によりオンラインでの船出となったが、平日午前にもかかわらず1000人以上が視聴した。

旅と学びの協議会を運営するANAデジタル・デザイン・ラボの大下眞央さん=PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 2020年10月から活動を始めた第1期会員は26団体で、航空業界からは日本航空(JAL/JL、9201)も参加し、鉄道や通信、広告、観光、教育業界から14社、教育機関は私立中学・高校が5校、このほか地方自治体や政府観光局、NPO法人が7団体参加。今月16日に発表された第2期会員には、ハワイ州政府観光局や近畿日本ツーリストをはじめとする企業や教育機関、自治体など24団体が新たに参加する。

 ANAHDのグループ経営戦略室経営企画部長で、協議会の事務局長を務める津田佳明氏は、「現代版『かわいい子には旅をさせろ』のムーブメントを起こしたい」と狙いを話す。津田氏によると、小中高生を持つ親が教育にかける額は年間4兆5000億円にのぼるといい、その一部を旅から学ぶ動きにつなげたいという。

 協議会の企画はコロナ前から進めてきたもので、運営の中心となっているのが事務局の大下(おおしも)眞央さんだ。大下さんはANAのグランドスタッフ(地上係員)として、羽田空港で国際線を担当していた。

 地上係員として会社の新規事業を検討する会議に参加する中、自分でも企画を立ち上げたいと考えた大下さんは、入社5年目の2018年4月からANAHDで次世代事業を模索する「デジタル・デザイン・ラボ」のメンバーとして、協議会の立ち上げから関わってきた。

 ビデオ会議が今ほど普及する前にスタートした旅と学びの協議会。コロナ影響で対面による打ち合わせもままならない中、どうやってプロジェクトを進めたり、オンラインイベントを開催したのかを大下さんに聞いた。

—記事の概要—
航空会社だからできる教育
対面せずにプロジェクト進行
くすぶっている人のきっかけ作りも

航空会社だからできる教育

 国際線のグランドスタッフとして羽田空港で働いていた大下さんは、ANAが受託している海外の航空会社の出発責任者や、新入社員の訓練インストラクターなどを務めていた。「やりがいを感じていましたが、実はチェックイン機の操作は苦手でした」と笑う大下さんは、インストラクターとして教えた新人が成長していく姿を見て、教えることにもやりがいを感じていた。

旅と学びの協議会のキックオフイベントではZoomによるパネルディスカッションが開かれ、協議会の代表理事を務める出口氏(左上)らが参加した(スクリーンショット)

 羽田で働くANAのグランドスタッフは、ANAHD傘下のANAエアポートサービス(ANAAS)に所属している。大下さんは同社でグランドスタッフとして働きながら、会社の新規事業を考える会議にも先輩や同僚と参加していた。パワーポイントを使って社内向けにプレゼンテーションをしたり、社外の人とやり取りする中で、事業を考えることの面白みに気づいたという。

 「自分の世界が広がりました」という大下さんは、2018年4月に現在所属するデジタル・デザイン・ラボへ異動。そこでANAが支援する東京大学のイノベーション教育プログラム「i.school」に参加した大下さんは、ある高校生の行動の変化から教育に興味を持つようになる。

 「3日か4日くらいしか一緒にいなかったのですが、最初は発言できなかった子も、最後は英語でプレゼンするようになったんです。初日と最後では人が変わる姿に感動して、高校生と地域をつなげることができないか、と思うようになりました」と、高校生の成長につながる企画を考えるようになった。

 高校生が旅を通じて学ぶ機会として、大下さんは旅先で地域課題の解決につながるアイデアを提案する教育プログラム「イノ旅」を企画し、2020年4月に宮崎県児湯(こゆ)郡で1回目を開いた。イノ旅は「イノベーションに挑む旅」の意味で、高校生が実際に現地を訪れて地元の人たちと交流し、アイデアを出し合うものだった。

 その2カ月後の6月にキックオフイベントが開かれた「旅と学びの協議会」は、イノ旅から得られた旅の効用の検証や、移動距離と人としての成長や成熟の関係性の研究などをテーマにスタートした。

 しかし、「なぜANAが教育なのか」と社内で問われた際、大下さんは納得のいく答えを最初は用意できず、心が折れそうになったこともあったという。

 「社外の勉強会で知り合った人から、『ANAだからいろいろな地域と関われたり、地域とつながりのある教育事業ができるのではないか』と言われて決心がつきました」と、航空会社だからできる教育を具現化していくことになった。

対面せずにプロジェクト進行

 コロナの感染拡大後に発足した旅と学びの協議会。参加を呼びかけた企業や団体は、デジタル・デザイン・ラボや大下さんがこれまでの活動でつながりのある人を通じて集まった。「人材育成で可能性がある」と賛同してくれた企業もあったという。

今年2月に開かれた旅と学びの協議会のオンラインシンポジウムの活動報告会でファシリテーターを務める大下さん(左上、スクリーンショット)

 しかし、参加企業などの人たちとは、2020年はコロナの影響で一度も対面せずにプロジェクトを進めざるを得なかった。「Slack(スラック)ですべてやり取りしていました。それでも会社により価値観が違ったり、本業の合間にやってくださっているので、せかしすぎても良くないこともあり、大変でした」と、オンラインだけでのプロジェクト進行には気を遣った。

 コロナの影響により、オンラインでやり取りするツールとして、SlackやTeamsなどを活用する企業が増えているものの、導入企業でも全員がフル活用しているわけでもない。また、旅と学びの協議会はANAHDが事務局ではあるが、さまざまな企業や団体などが活動しているため、仕事の進め方もANAとは異なる点もあった。加えて、一度も顔を合わせずにプロジェクトを進めていくのは想像以上に大変だったようだ。

 「オンラインイベントでは、各ワーキンググループのリーダーの方が意見を集約してくださいました。これをANAのメンバーだけでやったら、同じ規模での開催は難しかったと思います」と話す大下さんは、何を、誰が、どこまでやるか、といった情報を、社内でのやり取り以上に細かく伝えるように心掛けたという。

 参加企業とのやり取りも、当初は電子メールだったがスピード感に限界を感じ、FacebookのMessengerを試したものの、今度は履歴を追いにくいということで、Slackにたどり着いた。「Slackでは情報共有だけでなく、交流会を開きました」と、大下さんは参加企業などの人たちと関係を築けているが、参加者同士は横のつながりが出来ていなかったため、お互いを知る場を設けるようにした。

 「参加している方の声で、関係性の質を高めないと良いアイデアが出てこないと言われ、事務局も意識的に動くようにしていました」と、参加者の関係作りを重視した。

 協議会に参加する人の交流が深まったこともあり、今年2月16日にオンラインのシンポジウム「ポストコロナの旅と不便益」を開催した際は、さまざまな参加企業や団体が役割を分担して運営することができた。

くすぶっている人のきっかけ作りも

 一度も顔を合わせずに立ち上げた第1期の旅と学びの協議会は当初、2020年10月から1年間の予定で活動を始めた。しかし、コロナの影響で開始直後は十分活動出来なかったこともあり、2022年3月まで継続することになった。

対面会議なしでプロジェクトを進めてきた大下さん=PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 修学旅行や探究学習、ワーケーション、リカレント教育といった分野で実証したいと、大下さんは考えている。「教育旅行は4つのワーキンググループが動いていて、大学生が高校生向けの学びのプログラムを考えるものや、高校生自身が何を学びたいかから考えて自ら参加するもの、イノ旅を進化させたものなどを考えています」と、具体的なプランが固まりつつある。

 実現は学校のスケジュールによるが、早いもので今夏のスタートを目指す。また、企業や社会人向けのプログラムも検討しており、「自発的に動くイノベーター層よりは、何かをやりたくても“くすぶっている”人のきっかけ作りになるプログラムができないかと考えています」と、意欲のある人の背中を押すものも作りたいという。

 「リカレント教育があるように、学生に限らず一生学ぶものだと思います。管理職層であれば管理職として学ぶものがあり、年齢で区切る必要はなく、制度やその人が必要とするものが何かを考えています」と、教育=学生向けではなく、あらゆる年代を視野に旅と学びをつなげる取り組みを進めている。

 新型コロナワクチンの大規模接種や職域接種も本格化し、徐々にコロナ後を見据えた動きも出てきた。旅と学びの協議会のように、さまざまな企業や団体の人が、本業の合間に参加する形になりがちな組織では、オンラインで議論を深められたほうが、実際に会わないと物事が進まない状況よりは、よい結果を生み出しやすいだろう。

 大下さんも「時には協議会もリアルで開きたいですね」と話すが、対面でなければ議論を深められないのではなく、対面とオンラインの良い点を組み合わせることが有益だ。ワクチン接種が進む今年の夏は、旅からどのような学びが得られるのだろうか。

関連リンク
旅と学びの協議会
全日本空輸

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