エアライン, 解説・コラム — 2020年11月9日 12:49 JST

御礼の手紙「お守りにします」 ANAパイロット、クラファンで九州豪雨支援のZoom航空教室

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 高校生の時に被災し、全国からの支援で勇気づけられた経験を持つ全日本空輸(ANA/NH)の若手パイロットが企画したオンライン航空教室が開かれた。2004年に新潟県を襲った中越地震で、山古志村(現長岡市)出身の星野寿樹(としき)副操縦士(34)は、仮設住宅での受験勉強を余儀なくされた。その経験から、今年7月に九州を襲った令和2年7月豪雨で何かできないかと考えたのが、クラウドファンディングだった。

クラウドファンディングによる九州豪雨の被災地支援として開催されたANAの「熊本便が100倍楽しくなる!オンライン航空教室」=20年11月7日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 これまでの自然災害と異なり、今年は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で現地入りしてのボランティア活動は難しい。当初は社外のプラットフォームを使ったクラファンを考えていた星野さんだったが、自社で展開するクラファンの枠組み「WonderFLY」でも被災地支援を実現できることがわかり、オンライン航空教室や御礼の手紙といった返礼品をそろえ、目標額を100万円に設定。8月31日から9月30日までの1カ月間で、787人から目標を上回る134万4000円の支援を集めることができた。

 11月7日、星野さんは同期をはじめとするパイロットたちと「熊本便が100倍楽しくなる!オンライン航空教室~熊本編~」と題したライブ配信を羽田空港内の会議室から開催。クラファンで支援した約40人が、羽田から熊本までのバーチャルフライトや航空教室、熊本の魅力紹介を、ビデオ会議システム「Zoom」で楽しんだ。

クラウドファンディングによる九州豪雨の被災地支援として開催されたANAの「熊本便が100倍楽しくなる!オンライン航空教室」=20年11月7日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

—記事の概要—
「必要なことはなりたい気持ち」
「4本線が重いです」
御礼の手紙「お守りにします」

「必要なことはなりたい気持ち」

 オンライン航空教室の最初は、羽田から熊本へ向かうバーチャルフライトNH2020便。星野さんと同期で、同じエアバス機の副操縦士として乗務している吉江崇雅さん(35)が機長役、石亀達也さん(34)が副操縦士役を務め、石亀さんが吉江さんを経験豊富な「グレートキャプテン」と紹介していた。

ANAの「熊本便が100倍楽しくなる!オンライン航空教室」で(左から)機長役の吉江さん、整備士役の金城さん、副操縦士役の石亀さん=20年11月7日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

クラウドファンディングによる九州豪雨の被災地支援として開催されたANAの「熊本便が100倍楽しくなる!オンライン航空教室」=20年11月7日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 「All Nippon 2020, wind calm, RWY 05, Cleared for Takeoff!」。2020便は羽田のD滑走路(RWY05)から離陸し、熊本へ向かった。“機内”では2人から熊本行きから見える富士山の方向や、機体が揺れたときの対処方法、熊本空港へのアプローチといったクイズが出題され、Zoomのチャット機能で寄せられたコメントなどを紹介しつつ、吉江さんと石亀さんは同期の息の合った掛け合いを披露しながら熊本へ向かった。

 フライト中は熊本出身の客室乗務員、安藤史華さん(27)による機内アナウンスも入り、空の旅に華を添えた。

航空教室のパートを担当する安藤機長(左)と森さん=20年11月7日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

航空教室のパートを担当する安藤機長(左)と森さん=20年11月7日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 熊本へ到着すると、航空教室がスタート。ボーイング777型機に乗務している安藤修平機長(43)と森紀人副操縦士(31)が案内役となり、ブリーフィングから目的地到着後の移動の様子など、パイロットの1日を紹介していった。安藤さんは緊急事態宣言後の5月にANAが公開した動画「おうちで航空教室」の制作にも携わったパイロットだ。目的地に到着後、ホテルへ向かうまでにその日のフライトを振り返るなど、森さんがパイロットの知られざる姿を解説した。

 熊本市内に入ると、787に乗務している熊本出身の後藤武文機長(54)と、客室乗務員の安藤さんが登場。「くまモン体操」を披露し、後藤さんオススメの阿蘇や、黒川温泉、球磨川下りとラフティング、熊本ラーメンや太平燕(タイピーエン)といったグルメ情報を紹介した。

 最後は参加者からの質問に答えるコーナーが設けられ、パイロットになりたいという女の子から、女性でもパイロットになれるかと問われると、吉江さんと石亀さんは、「ANAにも女性パイロットはたくさんいます。必要なことはなりたい気持ち」と声をそろえていた。

くまモン体操を披露する後藤機長(左)と安藤さん=20年11月7日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

熊本の魅力を紹介する安藤さん=20年11月7日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

「4本線が重いです」

 “フライト”を終えたグレートキャプテンの吉江さんは、「4本線が重いです」と苦笑いし、ワイシャツに付けた機長を示す4本線の肩章の重さを痛感していた。しかし、公私ともに付き合いがあるという石亀さんは、「機長役になったことで、だんだんキャプテンらしくなっていきました」と、同期の成長を喜んでいた。

クラウドファンディングによる九州豪雨の被災地支援を企画した星野さん(中央)とオンライン航空教室に参加した吉江さん(前列左)、石亀さん=20年11月7日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 星野さんによると、2人は訓練時代から同期の盛り上げ役で、航空教室の案内役には適任だったという。

 掛け合いでライブ配信を盛り上げた副操縦士たちがいた一方で、裏方としてオンライン航空教室を支えた副操縦士もいた。2020便出発前の事前説明をする整備士役や、Zoomの運用を担当した金城海途さんは、787の副操縦士。「ライブ配信なので、Zoomのアプリがクラッシュしないかが心配でした」といい、リハーサルでは不具合に見舞われたこともあったという。吉江さんと石亀さんも、「今までで一番いい出来でした」と喜んでいた。

 地上との交信シーンに登場したり、ライブ配信中に寄せられたコメントの対応を担当したのはエアバス機の副操縦士、落合浩さん。「紹介しきれなかったものも含めて、コメントもたくさん寄せられてよかったです」と、喜んでいた。航空教室の案内役だった森さんも「双方向のコミュニケーションが取れたことがよかったです」と、普段は乗客と接する機会が少ないパイロットとして、貴重な体験だったようだ。

クラウドファンディングによる九州豪雨の被災地支援として開催されたANAの「熊本便が100倍楽しくなる!オンライン航空教室」=20年11月7日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 おうちで航空教室にも携わった安藤機長は、「パイロットが直接発信する機会を持てたのが良かったです。今回で終わりにするのはもったいない」と、今後もこうした活動を続けていきたいという。

 くまもん体操を披露した熊本県人会にも参加している後藤機長は、「3日前くらいに言われたんですよ」と、直前に振付を覚えたという。後輩たちが郷里の支援を買って出てくれたことを、喜んでいた。

 熊本愛が強いと自認する安藤さんは、「復興がまだの地域もあります。火の国と言われていますが、地下鉄が掘れないといううわさが出るくらい水が豊富な水の都でもあるんですよ」と、楽しそうにふるさとの魅力を話していた。これに対して後藤機長は、「地下鉄を掘るだけの需要がないんじゃないの?」とツッコミを入れ、一緒にライブ配信したパイロットたちを笑わせていた。

熊本の魅力を紹介する後藤機長(前列左)と安藤さん(同右)=20年11月7日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

御礼の手紙「お守りにします」

 自らの体験を基に、クラファンによる被災地支援を考案した星野さん。今回は自ら表舞台に立つのではなく、信頼する同期に託した。「パンクしそうでしたが、いろいろな人が加わってくれました。初めてやったものを乗り越えると、イメージが湧くようになりますね」(星野さん)と、今回の経験で今後同じような取り組みをしたい時にも、準備を進めやすくなったという。

信頼する同期に表舞台を任せ、星野さん(右)は進行管理を統括した=20年11月7日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

クラウドファンディングによる九州豪雨の被災地支援を企画した星野さん=20年11月7日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 「熊本の良さは人の良さ。こういうことをやりたい、と投げかけたら、みんながやりますと言ってくれました」と振り返る。一方で、クラファンで難しいのが価格設定。「航空好きの人がたくさんいるはずだと思う一方で、熱烈なファンではない人も手軽に参加できることを心掛けました」と、7日に実施したウェビナー形式は5000円、より双方向性を高めたZoom会議は1万円と、オンライン航空教室を2種類設けた経緯を明かした。

 しかし、御礼の手紙を書いたりと、しっかりした返礼品を準備するには手間もかかる。一方、星野さんたちがクラファンの参加者から勇気づけられることもあった。「お守りにしますという方がいらっしゃいました。1回読んで終わりではなく、宝物にしますという方がいらしたことで、ありがというという気持ちを示すだけではなく、役に立てるアイテムなんだとわかりました」と、手紙が果たす役割を気づかされた。

 被災した経験を持つ星野さんにとって、純粋に被災地支援ができないかと立ち上げたプロジェクトだったが、星野さん自身にも大きなリターンがあったようだ。

クラウドファンディングによる九州豪雨の被災地支援を企画した星野さん(前列中央)とオンライン航空教室に参加した吉江さん(前列左)と石亀さん(同右)、(後列左から)安藤さん、後藤機長、森さん、安藤機長、金城さん、落合さん=20年11月7日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

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