エアライン — 2020年8月12日 14:22 JST

日航機事故から35年、新型コロナで慰霊登山者は半数に

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 乗客乗員520人が亡くなった日本航空123便墜落事故から、8月12日で35年が経った。墜落現場となった群馬県多野郡上野村の御巣鷹山を訪れる慰霊登山は、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため5日間に分けて行われ、前日11日に例年開かれている「灯篭流し」は中止。12日午後6時開式の追悼慰霊式も遺族の参列が見送られ、規模を縮小して開く。

御巣鷹山の「昇魂之碑」に献花し祈りを捧げるJALの赤坂社長=20年8月12日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 JALによると12日午前11時時点で、昨年よりも21家族101人少ない31家族98人の遺族らが御巣鷹山を訪れた。これまでの同時刻の過去最多は事故後30年の2015年で、100家族387人だった。遺族の登山をJALがサポートする「登山支援日」は例年8月11日から13日の3日間だが、新型コロナの感染防止のため、7月25日と26日にも行われた。5日間とも、御巣鷹の尾根への村道は通行が制限され、遺族と関係者のみ通行が認められている。

 御巣鷹山の登山道は、昨年10月の台風19号の影響で一部が崩れ、仮設の足場が所々に設けられていた。

 JALの赤坂祐二社長(58)は午前11時45分すぎ、山頂付近にある「昇魂之碑」を訪れ、御巣鷹山の2代目管理人、黒沢完一さんにあいさつして献花し、線香をたむけた。

 1985年8月12日午後6時56分に墜落した羽田発伊丹行きJL123便(ボーイング747SR-100型機、登録記号JA8119)には、乗客509人と乗員15人の524人が乗っていた。

*慰霊式の様子はこちら

土のうが積まれた御巣鷹山の登山口=20年8月12日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

昨秋の台風被害を受けた御巣鷹山の登山道=20年8月12日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

すげの沢への歩道に飾り付けられた風ぐるま=20年8月12日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

御巣鷹山の「昇魂之碑」を訪れるJALの赤坂社長=20年8月12日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

御巣鷹山の「昇魂之碑」に献花し祈りを捧げるJALの赤坂社長=20年8月12日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

花がたむけられた瀧井千合子さん(享年21)の墓標=20年8月12日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

新型コロナウイルスの影響もあり事故当日の登山を取りやめた遺族も多かった=20年8月12日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

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