エアライン — 2015年8月11日 22:35 JST

「初心に帰る日に」8・12連絡会の文集『茜雲 日航機御巣鷹山墜落事故遺族の30年』

By
  • 共有する:
  • Print This Post

 1985年8月12日、乗客509人と乗員15人の524人が乗った日本航空(JAL/JL、9201)の羽田発伊丹行きJL123便(ボーイング747SR-100型機、登録番号JA8119)が、群馬県多野郡上野村の御巣鷹山に墜落し、520人が亡くなった日本航空123便墜落事故。事故から30年、遺族会「8・12連絡会」(1985年12月7日発足)は、文集『茜雲 日航機御巣鷹山墜落事故遺族の30年』(本の泉社)を7月に出版した。

『茜雲 日航機御巣鷹山墜落事故遺族の30年』(8・12連絡会)

 『茜雲』は連絡会がほぼ毎年出版しており、28集を数える。30年目の今年は、表紙に事故1年目と同じ赤色が選ばれた。41人の遺族が寄せた手記のほか、遺族から寄せられた疑問などを、JALで整備・安全に携わった小林忍氏が説明している。

 小林氏は、航空事故調査委員会(現・運輸安全委員会)が1987年6月19日に公表した事故調査報告書について、遺族からの疑問点を運輸安全委員会(JTSB)がわかりやすく説明した解説書(2011年7月29日公表)を作成する際も、連絡会の要請に応じて技術アドバイザーとして参加した。

 遺族の手記では、8月12日が「年に一度初心に帰る日になってくれたら」との思いや、「事故のない、安全を最優先する社会が真に根付いて欲しい」との願いがつづられている。

 事故から30年が経過し、風化を危惧する手記も目立った。事故を知らない世代にも、教訓を生かし、安全を意識して欲しいと語りかけている。

『茜雲 日航機御巣鷹山墜落事故遺族の30年』
第1部 123便御巣鷹山墜落事故から30年を迎えて
1. 日本航空123便事故の概要
2. 上野村の皆様に感謝を込めて
3. 茜雲30年──文集
4. 被害者支援の動向
5. 8・12連絡会の歩み(年表──一部抜粋)

第2部 123便事故調査の解説書が出された後の遺族たちの問いかけ
6. 議論が深まることを祈って
7. 遺族の疑問・質問への説明
8. 運輸安全委員会の解説書
9. 解説書の公表を受けて
10. 遺族の疑問
11. 「123便解説書」作成までの経緯
12. 8・12連絡会アピール

関連リンク
8・12連絡会

高齢化する遺族 より訪れやすい御巣鷹山を(15年8月13日)
慰霊の園で追悼慰霊式 村長「風化防ぎ、次世代につなぐ」(15年8月13日)
日航機墜落から30年 植木社長、安全誓う「いかなる妥協、言い訳通用しない」(15年8月12日)
植木社長「事故忘れず安全守る」 JAL、66期株主総会(15年6月17日)
JAL、新非常救難訓練センター公開 よりリアルな訓練実現(14年3月18日)
「頭を下げてヘッドダウン」JAL非常救難訓練センター、35年の歴史に幕(14年3月2日)
東京消防庁とJAL、747模型で合同救難訓練 東京湾緊急着水を想定(14年2月19日)