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「初心に帰る日に」8・12連絡会の文集『茜雲 日航機御巣鷹山墜落事故遺族の30年』

 1985年8月12日、乗客509人と乗員15人の524人が乗った日本航空(JAL/JL、9201)の羽田発伊丹行きJL123便(ボーイング747SR-100型機、登録番号JA8119)が、群馬県多野郡上野村の御巣鷹山に墜落し、520人が亡くなった日本航空123便墜落事故。事故から30年、遺族会「8・12連絡会」(1985年12月7日発足)は、文集『茜雲 日航機御巣鷹山墜落事故遺族の30年』(本の泉社)を7月に出版した。

『茜雲 日航機御巣鷹山墜落事故遺族の30年』(8・12連絡会)

 『茜雲』は連絡会がほぼ毎年出版しており、28集を数える。30年目の今年は、表紙に事故1年目と同じ赤色が選ばれた。41人の遺族が寄せた手記のほか、遺族から寄せられた疑問などを、JALで整備・安全に携わった小林忍氏が説明している。

 小林氏は、航空事故調査委員会(現・運輸安全委員会)が1987年6月19日に公表した事故調査報告書について、遺族からの疑問点を運輸安全委員会(JTSB)がわかりやすく説明した解説書(2011年7月29日公表)を作成する際も、連絡会の要請に応じて技術アドバイザーとして参加した。

 遺族の手記では、8月12日が「年に一度初心に帰る日になってくれたら」との思いや、「事故のない、安全を最優先する社会が真に根付いて欲しい」との願いがつづられている。

 事故から30年が経過し、風化を危惧する手記も目立った。事故を知らない世代にも、教訓を生かし、安全を意識して欲しいと語りかけている。

『茜雲 日航機御巣鷹山墜落事故遺族の30年』
第1部 123便御巣鷹山墜落事故から30年を迎えて
1. 日本航空123便事故の概要
2. 上野村の皆様に感謝を込めて
3. 茜雲30年──文集
4. 被害者支援の動向
5. 8・12連絡会の歩み(年表──一部抜粋)

第2部 123便事故調査の解説書が出された後の遺族たちの問いかけ
6. 議論が深まることを祈って
7. 遺族の疑問・質問への説明
8. 運輸安全委員会の解説書
9. 解説書の公表を受けて
10. 遺族の疑問
11. 「123便解説書」作成までの経緯
12. 8・12連絡会アピール

関連リンク
8・12連絡会 [1]

高齢化する遺族 より訪れやすい御巣鷹山を [2](15年8月13日)
慰霊の園で追悼慰霊式 村長「風化防ぎ、次世代につなぐ」 [3](15年8月13日)
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