世界的ベストセラー機「HondaJet(ホンダジェット)」を生んだ、ホンダ エアクラフト カンパニー(HACI)前社長兼CEO(最高経営責任者)の藤野道格(みちまさ)さん。学生時代を過ごした青森県弘前市の名誉市民として2025年10月に顕彰された藤野さんは、今年正月の当紙記事で、航空機開発には技術だけでなく、周囲との信頼関係構築や「辛抱」が不可欠だと説いた。

航空機開発で、「あとで何とかなったことはない」と話すホンダジェット開発者の藤野道格さん
今回はその「信頼関係」がビジネスの成否を分ける局面、「サプライチェーンマネジメント(SCM)」について聞く。現代の航空機開発は、機体メーカー(OEM)1社だけで完結するものではなく、世界中のサプライヤー(部品メーカー)から供給される数百万点の部品を統合(インテグレーション)しなければならない。いかに優れた設計図を描こうとも、適切なパートナーを選び、強固な信頼を築けなければ、機体は完成しない。
プロポーザル(提案書)の裏にある企業の実力を見抜く眼力や、国境や文化を超えたパートナーシップ、そしてメーカーとサプライヤーが共に成長する「Win-Win」の関係性とは? ホンダジェット開発の実体験に基づき、藤野さんがSCMの真髄を語る。
—記事の概要—
・サプライヤーの「本当の能力」を見極める
・日本メーカーは「誠実」すぎるのか?
・サプライヤーも機体メーカーを評価している
・「あとで何とかなる」はない
サプライヤーの「本当の能力」を見極める
── 航空機開発でサプライヤーマネジメントが重要になってきています。
航空機の開発というと、主に機体の設計や各種の試験を思い浮かべる人が多いと思います。しかし、新規の航空機開発で最も重要な項目の一つで、プロジェクトの成功を左右するのがサプライチェーンマネジメント(SCM)、すなわち航空機の開発に必要なサプライヤーを開拓して協力関係を築き、そして適切にマネジメントすることです。

2015年に羽田で日本初公開されたホンダジェット=15年4月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire
現代の航空機開発では、航空機メーカー(OEM)一社ではなく、多くの部品をサプライヤーから納入して組み立てていきます。サプライヤーの役割は、プログラムによっていろいろな形態がとられますが、OEMの設計した部品を図面に従って製作しOEMに納入する(Build to Printと呼ばれる)場合や、OEMから出された部品の仕様・要件に従ってサプライヤーがその部品の開発、試験など行ってOEMに納入する場合などがあります。
これらは機体を開発するOEMの全体戦略によって決めていきます。多くの部品をコーディネートし、一つの機体にインテグレーションしていくことが航空機開発そのものです。
── サプライヤーの選定について教えてください。
サプライヤーを選定していくときはコスト(開発コスト:NRE、部品のコスト:Recurring Cost、サービスパーツのコスト等)や、機体開発スケジュールに対する部品納入スケジュール、品質管理システム、また会社の財務状況などを含めたSupplier Selection Matrixによって総合的な評価を行って選定します。
しかし、注意しなくてはいけないことは、そのような評価を机上検討や解析のみに頼って決めてしまうことは避けなくてはいけないことです。重要なことは、サプライヤーの本当の能力を見極めることです。特に海外のサプライヤーの場合、会社の名前で信頼してしまうこともありますが、海外ではM&Aなどによって会社の名前と実態が異なっていたり、コア人材が離れてしまっていたりすると、その中身が違っていることもあります。
提示されるプロポーザルが魅力的だと(例えばコストが低かったり、納入スケジュールが開発マイルストーンを満たしている場合など)、経営者の立場からみた時には、ついその辺のメリットに目が行ってしまいます。しかし、現実には開発途中で部品メーカーの開発がうまくいかなくなったり、部品納入が遅れたり、品質問題が発生したりすることもあり、結果として開発スケジュール全体に影響が出て、開発コストも逆に増えてしまいます。
機体の開発途中で、部品メーカーの経営状況などが悪化したりすることもあります。開発の後半になりますと、その時点でサプライヤーを変えることは難しいので影響は深刻です。部品メーカーのプロポーザルの現実性を見極める為には多方面からの専門的な洞察が必要で、全体を俯瞰した上でのひとつ一つの判断が航空機開発プログラムの成功を左右します。
── 部品メーカーも大手や小規模なところなどいろいろありますよね。
私の経験ですが、海外の部品メーカーは一般に提案のプレゼンやその売込みに精通しているので、第一印象ではその辺の印象に引っ張られ、ついポジティブな評価になりがちです。特に経験が浅い場合には、サプライヤーの本当の能力を見極めずに楽観的に決定してしまうこともあり、機体開発や生産に影響を与えてしまいます。
また、新規参入を狙う部品メーカーは、航空業界での足掛かりをつかむためにコストを魅力的なものにして(赤字覚悟や無理な技術見通しで)受注を取ろうとしますから、結果的にあとでその歪みが出ることもあるので慎重な判断が必要です。
比較的小さい部品メーカーで、現在はその開発の能力がすべて揃っていなくても、仕事の契約を取った後に適切な人材を補強したりして成功することもあります。そのような会社は総じてマネジメントが有能です。このようなケースでは、機体メーカーと部品メーカーが一緒に成長してWin-Winの関係になります。ホンダジェットの開発ではアビオニクスを開発したガーミン社がこの例に当たります。

ホンダジェット・エリートIIのコックピット(HACIのウェブサイトから)
1999年ごろ、私はアビオニクスのサプライヤーを探していろいろな会社を訪問していましたが、当時のガーミン社はまだインテグレーテッドアビオニクスは商品にはなく、GPSが中心の小さな部品メーカーでした。しかし、社長で創業者のゲイリー・バレル(Gary Burrell)さんとホンダジェットのビジョンと技術、そして将来のアビオニクス像を話していくうちに意気投合しました。そして、彼の技術に対する情熱や現場に即したリーダーシップ、マネジメント力に共感し、一緒に仕事をすることを決めました。
すべての会議に私も出席し、社長であった彼自身も出席して議事録やアクションアイテムまでを記録するその姿勢は、まさしく現場主義のリーダーシップでした。そして、この開発を通して後発であるホンダジェットとそのアビオニクスは、のちに業界のトップクラスとなりました。現在ガーミン社のアビオニクスは、ビジネス機のシェアの70%を超えるまでになりました。
機体メーカーのトップと部品メーカーのトップの協力関係と信頼関係、そしてリーダーシップがあれば、航空機開発におけるWin-Winの結果を実現できるのです。このように、部品メーカーに対するいろいろな観点からの評価、そして自分の知識や経験を総動員して、サプライヤーのメーカーレイアウト戦略を決めていくことが大切です。
日本メーカーは「誠実」すぎるのか?
── 日本のサプライヤーについてはどのようにみられていますか。
私は、日本の部品メーカーは何とかして納期を間に合わせようとする努力や、部品や材料レベルでの品質などの面では優れているケースが多いと感じています。生産の現場を歩いていて、例えば削り部品の仕上げなどを見ると、すぐに日本で作った部品だとわかります。一方、高度なインテグレーションが必要な大物部品や複雑なシステムの開発などでは、まだ十分に力を発揮できていないと感じています。
また、我々機体メーカー側から日本の部品メーカーの売り込みを見てきて感じるのは、プレゼンの時のアグレッシブさなどがやや弱いと感じることです。それは「Over Promise – Under Deliver(過剰な約束をして、実行が伴わないこと)」ができないという、日本の部品メーカーの誠実さの一面かもしれません。すでに日本のサプライヤー取引をしている航空機メーカーは、日本の部品メーカーのその様な傾向は理解しているのですが、新規の部品ビジネスを世界の航空業界で獲得していくという観点からは、必ずしもポジティブなことではありません。
日本の部品メーカーがこれから世界でビジネスを獲得していくには(もちろん非現実的なOver Promise – Under Deliverとなってはいけませんが)、成長戦略を描きながら機体開発と一緒に成長していくという観点で、もう少しアグレッシブに進めていくことも必要だと思います。自分たちの会社にいま何があって、何が足りないのかを客観的に評価して、消極的になりすぎず、また過信するのでもなく、必要に応じて必要な開発人材を補強していったり、実際に航空機の開発に携わった経験者からのアドバイスなども活用しながら、将来のビジネスを広げていってほしいと思います。
日本のサプライヤーがもっと世界でも存在感を増していけば、同時に日本の企業の航空機開発にも大きなメリットとなっていくと思います。このようなビッグ・ピクチャーをもつことで、日本の航空機産業がさらに発展していくと思います。
── 日本の部品メーカーも海外に拠点を設けることが必要ですか?
航空機の開発は現在は一国を超えグローバルなネットワークを使って開発しています。市場や顧客の近くにいてビジネスをすることも重要なことだと思います。また、現地でいわゆる「世界の航空機産業の第一線のメンバー」となれれば、そのコミュニティでいろいろな情報も入るでしょう。
ただ、進出のタイミングは現在の会社のフェーズや、実力値を見極め適切な時期に実行するという事が重要です。ホンダジェットは、アメリカに拠点を作ったのが成功の要因だ、といわれることもありますが、ただアメリカに拠点を作っただけで成功したというわけではありません。アメリカの会社であっても、新規航空機開発をして認定が取れなかったり、適切なサプライヤーが選べずにうまくいかない事例もたくさんあります。
現地に行けば、いくらでも専門性のある人を雇用できるわけではない、という現実もあります。このように、いろいろな観点から会社の現状や能力を見極め、世界へ展開していくことが大切だと思います。
サプライヤーも機体メーカーを評価している
── 新規の機体開発でのサプライヤー選定は?
ここまでは機体メーカーが部品メーカーを選定する、という視点でお話ししましたが、新規の航空機メーカーでは、また別の問題があります。既存の大手航空機メーカーであれば、機体開発の際に部品メーカーを選ぶことができますが、新規の航空機メーカーや新規の航空機開発となりますと、そのプログラムが将来成功するかどうかの保証はありません。
ですから、部品メーカー側からすると、その航空機プログラムは型式証明を取ることができるのか、また本当のバックオーダー(コミットメントされた受注)があるのか、そして商品として将来性(派生型機)があるのか、サービスはできるのかといった面から、逆に航空機開発プログラムを(部品メーカーが)評価しているのです。
成長する部品メーカーは開発費(NRE)だけを回収してビジネスをするという視点ではなく、量産における部品の納入、そしてスペアパーツやメンテナンスなどによる収益を、むしろ重要視しています。さらに、長期的にはその後のビジネス展開(派生機型の開発による部品ビジネスの拡大)も視野に入れています。
私の経験ですが、ある展示会で部品メーカーと打ち合わせしている時に、次の機体メーカーが順番待ちをしていたのですが、私と話をしていたVPは、「次の○○社のプログラムは成功しないだろうから待たせておけばよい」と秘書に言っているのを耳にして、真剣には相手にしていないように感じました。
また、あるとき部品メーカーからほかの機体メーカーに送るはずだったFAXが間違えて我々に送られてきたことがあったのですが、「興味ありません。プログラムには参加しません」とごく簡単に書かれていて、驚くほどそっけないものでした。その時に感じたのは、むしろ部品メーカーが主導権を持っていることでした。
最初にプロジェクトを立ち上げた時には、ホンダジェットのプロジェクトに参加したい、というサプライヤーはとても少なく、こちらが選べるという状況ではありませんでした。その状況下で、ホンダジェットの魅力や市場性、我々の技術開発力、そして会社のリーダーシップやビジョン、航空機ビジネスに対する理解など、あらゆる観点から業界で認知してもらうことで、少しずつプロジェクトに参加したいという部品メーカーが増えていきました。
数年後には、多くの部品メーカーを集めてサプライヤーコンフェレンスを開くこともできるようになりました。部品メーカーも機体メーカーを評価しているという事を常に気に留めて、長期的なビジネス関係を築き上げる努力が必要です。
── 新規の航空機開発では、サプライヤーに飛行機プロジェクトを売りこむという事ですね。
はい。いま振り返りますと、このようにホンダジェットプログラムを部品メーカーに売り込むという活動は、のちにホンダジェットをお客様に売っていく時にもとても役に立ちました。
部品メーカーは業界に精通したプロですから、彼らがホンダジェットというプロダクトに魅力を感じ、成功するのではないかと感じることは、お客様に対するセールス活動でも同様のことが言えるからです。
「あとで何とかなる」はない
── ホンダジェットでは、開発が始まってからはサプライチェーンをどのように運用していましたか。
基本的にはSCMの部署が、サプライヤーとの契約、部品の開発・認定や納入状況など、あらゆる観点から管理しますが、私も航空機開発のリーダーとして、自分自身で常に150社ほどのサプライヤーの状況をチームと一緒に常にモニターしていました。異変がある時にはできるだけ早くキャッチして対策をとることが大切です。
サプライヤーのスコアカードで部品の状況を日々チェックしていきますが、机上の報告レポートだけの評価だけでなく、現場主義を常に心がけてフロアで起きていることがどの程度クリティカルな問題なのか、部品メーカーで起きていることはどういうことかを的確に把握しておかないといけません。
そして、現時点で部品メーカーで起きていることは、機体開発の過程で6カ月後、1年後には、さらに大きな問題になって跳ね返ってきますから、早期の判断とアクションを心がけることです。場合によってはサプライヤーを変更するときもありました。
航空機開発では、「あとで何とかなるだろう」といって、「あとで何とかなったことはない」というのが私の経験です。いろいろなことが起きますが、検討ばかりに時間をかけて判断を遅らせることがないよう、早く対応することが重要です。
── 航空機メーカーと部品メーカーの役割は?
現代の航空機は複雑になり、多くのサプライヤーと協力して開発を行っていきます。機体メーカーとしての重要な役割は、多くの部品を高いレベルでインテグレーションして、より付加価値の高い航空機を作り上げることです。

ホンダジェット エリートIIの機内=PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire
今回は、サプライチェーンマネジメントに関して機体メーカー側、部品メーカー側からの両方の視点から述べましたが、サプライヤーマネジメントとは、決して机をたたいて値段交渉をすることではなく、開発や生産、ビジネスの観点から協力関係を築いてともに成長できるような姿を目指さなくてはいけないと思います。そして、航空機メーカーは部品メーカー側からの視点を、
そして、部品メーカーは航空機メーカーからの視点を、それぞれ常に持ち合わせながら仕事を進めていくことが大切なのです。
航空機ビジネスは長期的なビジネスで、運用を開始し、フリートが増えてメンテナンスサービスからの収益が得られるようになって、はじめて成立していくものです。日本の航空機産業においても、そのような長期的な視点から航空機メーカーや部品メーカーが、ともに成長していってもらいたいと願っています。
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