企業, 官公庁, 解説・コラム — 2022年2月3日 11:30 JST

北海道大樹町内で完結する低コスト宇宙ロケット 特集・”宇宙のシリコンバレー”のいま(1)

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 北海道十勝地方の大樹町が、宇宙ロケットや宇宙船の打ち上げ拠点「スペースポート(宇宙港)」の整備を始めて4月で1年を迎える。これまでも民間ロケットの発射場を町が管理してきたが、新たに町が筆頭株主となり道内6社と出資する宇宙港の運営会社「SPACE COTAN(スペースコタン)」を設立。社長の小田切義憲氏は「空港に例えるならば、空港の持ち主は大樹町、ターミナルなどの運営をスペースコタンが担う。空港民営化のような形だ」と役割分担を説明する。

大樹町の北海道スペースポートHOSPO。町が整備しスペースコタンが運営する=PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 帯広空港から自動車で40分ほどの距離に位置する大樹町は太平洋側に位置し、宇宙産業を誘致する構想は1984年にスタート。当時の北海道東北開発公庫(現日本政策投資銀行=DBJ)が「北海道大規模航空宇宙産業基地構想」を発表し、翌1985年から町が誘致運動を始めた。

札幌市内でHOSPOの本格稼働をPRする大樹町の酒森正人町長(左)とスペースコタンの小田切義憲社長=21年4月21日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 大樹町初の宇宙関連実験が実施されたのは30年前の1992年。当時の文部省宇宙科学研究所によるグライディングパラシュートロケットの回収システム基礎実験で、翌1993年には同研究所により大樹初の小型ロケット打ち上げ実験が行われた。誘致開始から10年後の1995年には大樹町多目的航空公園が竣工し、JAXA(宇宙航空研究開発機構)などが実験を重ねてきた。

 大樹町はアジア初の民間に開かれた宇宙港を目指すとして「北海道スペースポート(HOSPO)」と命名。施設を町が公共事業として整備し、スペースコタンが運営する。HOSPOを核に航空宇宙産業が集積する「宇宙のシリコンバレー」を目指すプロジェクトだ。

 一方で、帯広空港の南西に位置する中札内村などでは、貸切コテージなどプライベート空間で過ごせる宿泊施設が、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響下でも家族や仲間と過ごせる環境として注目を集めている。

 宇宙産業の誘致だけでなく、コロナ後も安心して休暇を楽しめる施設を擁する十勝地方を取材した。

—記事の概要—
世界的に不足するロケット発射場
P-1用エンジン試験施設があった
町内で完結する低コスト運用

世界的に不足するロケット発射場

 大樹町は、種子島と内之浦に続く国内3つ目のロケット発射場を有する。2019年5月には、町に本社を置くインターステラテクノロジズ(IST)の観測ロケット「MOMO3号」が打ち上げに成功し、宇宙に到達した。

北海道スペースポートの構想を説明するスペースコタンの小田切社長=PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 HOSPOには現在、JAXAの気球格納庫と1000メートルの滑走路、ISTのロケット発射に使用している射場「Launch Complex – 0(LC-0)」がある。今後は大樹町がISTの利用を想定した「Launch Complex – 1(LC-1)」を2023年の運用開始を視野に整備し、海外の事業者向けに2025年運用開始予定の「Launch Complex – 2(LC-2)」を整備する計画が決まっている。

 スペースコタンの小田切社長は「従来は種子島から大きなロケットを打ち上げていたが、衛星がどんどん小型化し、小さなロケットでも飛ばせるようになった。例えば農業でも、畑の生育状況の把握や省人化など、人工衛星のデータをどんどん使おうという動きがある」と、ロケットで人工衛星を打ち上げるニーズが高まっているという。「宇宙は次のゴールドラッシュ。2040年には110兆円まで市場が拡大すると言われている」(小田切氏)と、打ち上げビジネスの将来性に期待を寄せる。

HOSPOの新ロケット発射場LC-1のイメージ(スペースコタン提供)

HOSPOの新ロケット発射場LC-2のイメージ(スペースコタン提供)

 衛星製造や打ち上げビジネスの成長が見込まれる反面、世界的に発射場や人工衛星を打ち上げるロケットが不足している。HOSPOは東と南が太平洋で開けており、人工衛星を効率的に任意の軌道に投入できる地の利を生かし、「十勝晴れ」とも呼ばれる高い晴天率でロケット打ち上げを誘致していく。

 LC-1の整備には10億円、LC-2は40億円と計50億円の資金が必要。企業版ふるさと納税などを活用し、当面5億円の寄付を集める計画に対して、2020年度は9250万円の寄付が集まった。残りは地方創生交付金の申請を予定している。北海道経済連合会や日本政策投資銀行(DBJ)の試算によると、HOSPOの整備で年間267億円の道内経済への波及効果が見込まれるという。

P-1用エンジン試験施設があった

 ISTは2013年1月に設立。2020年12月には新社屋と工場が完成した。打ち上げ3回目で宇宙に到達したMOMOは観測ロケットで、現在は長さ24メートルの超小型衛星打ち上げ用2段式ロケット「ZERO」を開発中だ。ISTによると、同社がターゲットとする超小型衛星は重さ200キログラムまでのもので、これまでの大型人工衛星と比べて安価で短期間に開発でき、今後の民間による宇宙活用でニーズが高まるとみられている。

LC-0の建屋でロケット打ち上げを説明するインターステラテクノロジズの稲川社長=PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 ISTが現在ロケットの発射に使用しているLC-0のすぐ横には、ロケットの打ち上げ前に使用する建屋がある。しかし、建物はロケット関連の施設とは思えない外観だ。「北海道の牧場で使われているような規格品の建屋で、普通はトラクターが入っているようなものです」とISTの稲川貴大社長は話す。

 発射台は自社設計・製造で、数カ月で作った。発射台と建屋の周りには打ち上げ時に洋上を監視するタワーがあるが、特殊な仕様のものではない。

 そして、ロケットを発射する際に地面は超高温にさらされるが、LC-0が作られた場所は、2007年に防衛省が当時次期哨戒機「P-X」と呼ばれていたP-1用の国産ジェットエンジンの寒冷地試験に使っていた。長時間ジェットエンジンを試験できる構造で、コンクリートによる基礎も深く作られており、ロケットの発射に耐えられる場所だったことから、2013年にISTが会社を設立して本社を大樹町に置いた際、この場所を町から借り受けた。

LC-0でロケット打ち上げを説明するインターステラテクノロジズの稲川社長=PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

町内で完結する低コスト運用

 稲川社長はISTのロケットが持つ競争力として、低コストを挙げる。例えば、JAXAが打ち上げる国主導の大型ロケットが使用する固体燃料と比べ、ISTのロケットがが使用する液体燃料は燃料を充てんするまではロケット自体が軽いことから立てたり寝かしたりできる。立てたまま運ばなければならない固体燃料ロケットと比べ、寝かせて移動できるといった運用の柔軟性がある。これが打ち上げ施設にコストを掛けずに済むことにつながり、運用の低コスト化につながっている。

新工場に展示されているZEROの実物大バルーンの前で説明するインターステラテクノロジズの稲川社長= PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

新工場でロケット組立を説明するインターステラテクノロジズの稲川社長=PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 ロケット自体も内製率を高めてコストを抑えており、新工場を見学するとスポンサーの1社である工具通販サイト「モノタロウ」の段ボールが至る所に置いてあり、汎用品の部品も多く目に付く。

 稲川社長は「よく秋葉原で部品を買ってるから安い、みたいなことを言われるんですが事実です(笑)。高い特殊な部品で作るのではなく、市販のものを使うことも低コスト化の要因の一つですが、例えば非常に高価なインジェクターと呼ばれる部品を劇的に安くするために、そもそもを形状を変えたり、部品点数を少なくしたり、普通の小さな機械でも作れるようにと、設計の工夫があるから安いのです」と、既成概念にとらわれずに設計や製造方法から一から見直すことで、低コスト化が実現できているという。

 「MOMO内部のカメラから映像を飛ばす無線部分も自社設計ですよ」(稲川社長)と、自社開発はコストを抑えられるだけでなく、何かあればすぐ改良できるメリットがある。

大樹町のインターステラテクノロジズ新社屋と工場=PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

新工場でロケット組立を説明するインターステラテクノロジズの稲川社長。内製化率の高さも強みだ=PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 そして、ISTのロケット開発や製造、打ち上げが大樹町で完結していることも、打ち上げコストを大幅に抑えられる点だ。JAXAが打ち上げるロケットは三菱重工業(7011)の愛知県にある工場で製造され、種子島まで運ばれる。しかし、ISTのロケットは大樹町内で製造されて発射台まで運ばれるため、輸送コストも最小限だ。

 「ロケットは熱との戦いで、PDCAサイクルをたくさん回すのが大事です。大樹町で開発サイクルが回っていて、射場と工場が近いです」と、町内で完結することが宇宙ベンチャーとして有利に働いているという。

 稲川社長は「昔は宇宙に出ることがハードで、商業的に成り立たないので研究的な要素が多かったですが、今はまったく新しいのではく、(ロケットはを打ち上げる)原理はわかっている。安くするための技術で新しい半導体を使ったりと、今っぽいものを作っています」と、今だからできるロケットの作り方を実践している。

つづく

関連リンク
HOSPO
大樹町
インターステラテクノロジズ株式会社

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HOSPO
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