エアライン, 解説・コラム — 2017年3月6日 12:01 JST

「プロ集団じゃないとLCCは成立しない」特集・ピーチ井上CEO就航5周年インタビュー(前編)

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 「これまで5年間の“ベンチャー”を終え、次は本章の“アドベンチャー”。もっと行くぞ、という気持ちで、独自性と個性に磨きをかけていきたい」。

 3月1日、本拠地の関西空港で開いた記者会見で、就航5周年を迎えたピーチ・アビエーション(APJ/MM)の井上慎一CEO(最高経営責任者)は、次の5年間に向けてこう語った。

 ピーチの歴史が始まったのは、2008年1月。当時ANAの北京支店でディレクターだった井上CEOが、山元峯生社長(当時、故人)から呼び出されたところから始まる。LCCの立ち上げをまかされた井上CEOは、ANAのアジア戦略室長に就き、香港でLCCのビジネスモデルを研究した。

 ANA本体では出来ないものを、社内ベンチャーとして始める。これがピーチ誕生の背景だった。

関西空港で開いた就航5周年会見で客室乗務員とピーチポーズを取る井上CEO=17年3月1日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

—記事の概要—
北東アジアのリーディングLCC目指す
ひとり一人が自立していないと、LCCは成り立たない

北東アジアのリーディングLCC目指す

 2010年12月には、ANA内にLCC共同事業準備室が設けられた。3カ月後の2011年2月、関空を拠点とするLCCとして、ANAと香港の投資ファンド「ファーストイースタンアビエーションホールディングス(FE)」などの出資で「A&F Aviation株式会社」を設立。同年3月には産業革新機構(INCJ)も出資し、3社による現在の株主構成になった。

 2011年5月24日、A&Fはブランド名を「ピーチ」とし、深い赤とピンクの中間色「フーシア」を基調としたロゴと機体デザインを発表。社名は「Peach Aviation株式会社」に変更し、本社をANAのある東京都港区東新橋から関西空港内に移した。7月7日には航空運送事業許可(AOC)を取得し、11月4日にエアバスA320型機の初号機(1クラス180席、登録番号JA801P)を仏トゥールーズで受領した。

日本初のLCC初便となったMM101便を見送るピーチの井上CEO(右)と客室乗務員=12年3月1日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

初便のMM101便に乗り込んだ利用客の多くは機体や客室乗務員を写真に収めていた=12年3月1日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 就航は2012年3月1日。まだ閑古鳥が鳴いていた関空から、札幌行きMM101便が午前7時17分に出発した。日本初のLCCとあって空港内は混雑し、定刻より17分遅れで乗客162人と乗員8人(パイロット2人、客室乗務員6人)を乗せて関空を出た。そして約2カ月後の5月8日には、初の国際線となる関西-ソウル線が就航している。

 5年前の就航当時、路線は関西-福岡線と札幌線の2路線、機材はA320が3機ではじまったピーチ。現在は国内線14路線と国際線13路線の計27路線を、18機のA320で運航している。

 関空を発着する定期旅客便の便数も、今では国内線と国際線ともにピーチが最多となった。関空の利用者数を見ても、2011年度は1385万7000人だったのが、2015年度には2405万4000人と1.7倍以上に増加している。

 5年間を振り返り、井上CEOは「関西の土壌で育てられた」と話す。就航5周年を目前に控えた2月24日には、株主であるANAホールディングス(ANAHD、9202)が連結子会社化を発表。現在のピーチはANAHDの持分法適用会社で、同社の出資比率は38.7%だったが、ANAHDは残る株主であるFEとINCJの2社から、4月10日付で株式を304億円で取得し、67.0%に引き上げて子会社化する。

 この発表で、ピーチの独自性が失われるのではと懸念する声が噴出した。就航10年後は北東アジアのリーディングLCCを目指すという井上CEOに、これまでの5年間の振り返りと、LCCとして重要な考えや、今後の戦略を聞いた。

ひとり一人が自立していないと、LCCは成り立たない

──2月24日のANAHDによる連結子会社化の会見、就航5周年会見と、社員に対する感謝の言葉が印象に残った。

井上CEO:普通に考えたら、この会社には来てくれない。客室乗務員も、まだユニフォームが出来ていない時から応募してくれた。ありがたいと思っている。

──転職していくのも良しとするなど、社員への接し方が他社と異なるようだ。意識的にそうしたのか、創業時の環境がそうさせたのか。

関空第2ターミナルで国内線の乗客に記念品を手渡すピーチの客室乗務員=17年3月1日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

井上CEO:両方だと思う。スタートアップのメンバーも近い考えだった。創業時は「ブラック企業」と変わらなかったとも言えるが、みんなが仕事を楽しんでいた。今日(3月1日)も古手と「あの時はキツかったが、楽しかった」と話していた。

 人生は楽しむべきで、転職は自分の新しいチャレンジ。われわれは「脱藩論理」では見ない。拍手して、ピーチの誇りを持っていけという。そして、他社はつまんないと思うからピーチに戻れと(笑)。

──社員に聞くと、価値観が合わない人がいないという人もいる。採用時に重視しているのか。

井上CEO:採用担当者には、価値観の共有を大事にしてくれと頼んでいる。

 しかし、明文化したものはない。会ってみて、「これやな!」「一緒にやりたい」という感覚を大事にしている。

──2015年3月に本社が空港内の建設棟から現在のエアロプラザに移り、それまで2階に分かれていたのがワンフロアになった。

早朝から関空第2ターミナルの国際線自動チェックイン機に並ぶ乗客=17年3月1日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

井上CEO:ワンフロアにしたのは良かった。例えば便の運航が乱れた時、パイロットや客室乗務員が疲れて帰ってくるが、そのことを他部署の社員の共有できる。社員間のコミュニケーションも増えた。

 ヘアスタイルを変えた社員がいると、「あ、変えた?」という会話が生まれる。こういうことが大事だと思う。

 あとはなれ合いにならないこと。厳しいことはビシッと言う。手狭になってきたが、(ワンフロアを維持できる)場所があるかどうか。別のフロアを借りると分かれてしまうので、悩ましいところだ。

──就航5周年を迎え、今日からは「アドベンチャー」と言われた。

井上CEO:言い続けていることは、プロたれという意識づけだ。アマチュアは「私はこんなにがんばった、僕はこれをやった」と言う。だけど結果がない。結果がないのは、「何それ?」というのが、うちのスタンス。

 ひとり一人が自立していないと、LCCは成り立たない。プロ集団じゃないと、必要な人数を最小限にできない。

 自分のバリューが増していけば、今よりいい給料で引き抜かれる。それは素晴らしいことで、その人の人生にとっても、プロであることは大事だと思う。

 第2ステージに入り、厳しいメッセージも出している。アドベンチャーは、海で言えば湾内から外海に出るようなもので、波も高いし助けもなかなか来ない。社員ひとり一人が自立する必要がある。

──自立以外のキーワードで、これから1年間力を入れたいものは。

井上CEO:価値観の均質化だ。

 社員が急増しているので、価値観の共有に濃淡がある。これは入社年次ではない。均質化しないと、やがてベクトルが揃わなくなる。

──改めて5年間を振り返るとどうか。

井上CEO:関西が支えてくれた。関西の土壌があってこそ、桃の花が咲いた。ANAHDの連結子会社化に関連して尋ねられたが、本社移転はあり得ない。

 花は環境で咲いている。移植したら枯れてしまうかもしれない。

 就航当時、関空で成功するはずがないと言われた。しかし、5年間で飛行機の概念が変わるほど身近になり、ピーチがコンセプトにしている「空飛ぶ電車」がだんだん具現化してきた。

 そして、社員だけではなく家族も支えてくれた。家族見学会をやっているが、最初は「ピーチなんて大丈夫なのか」と思われていた。しかし、今では良い会社で働いていると、社員が家族から言われるようになった。

後編につづく)

関連リンク
ピーチ・アビエーション

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