エアライン, 解説・コラム — 2012年9月19日 12:38 JST

「オーベルジュへ泊まりに来てください」 JAL国際線新機内食担当CAに聞く

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 移動手段としてではなく、泊まりに来て欲しい──。日本航空(JAL、9201)が9月13日に発表した、国際線用ボーイング777-300ER型機で2013年1月から提供される機内食の新メニューには、こうした思いが込められている。ファーストとビジネスの機内食のコンセプトを「スカイ オーベルジュ バイ JAL」とし、郊外などにある宿泊設備を備えたレストラン「オーベルジュ」を機上に再現した。

 店の名は「ベッド(BEDD)」。ビジネスクラスへのフルフラットシート導入で、上位2クラスは睡眠を取るのに適した環境となった。BEDに続く“D”には、Dine(食べる)、Delicious(おいしい)、Dream(夢見ごこち)の意味が込められた。

「移動手段としてではなく、ぜひ泊まりにいらしてください」とほほえむJALの横山さん=12年9月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

店ではなく人ありき

 BEDDのメニューは4人のシェフが手掛ける。これまでもJALの機内食を手掛けてきたミシュラン3つ星の日本料理店「龍吟」(東京・六本木)の山本征治さん、ミシュラン2つ星のフランス料理「エディション コウジ シモムラ」(東京・六本木)の下村浩司さん、自らの名を冠した創作料理「山田チカラ」の山田チカラさん、パリを拠点に出張料理人として活躍する狐野扶実子さんだ。

 「お店の名前ではなく、この方に作っていただきたいという方にお願いしました」。新メニューを企画した商品サービス開発部リードキャビンアテンダントの横山由美さんは、名店だからではなく、人ありきの人選だったと振り返る。1年ほど前から人選がほぼ固まり、今年に入りメニュー作りなどがスタートしたという。

 しかし、単に4人に作ってもらうのでは方向性がバラバラになってしまう。「JALとして、柱が1本ある感じにしたかったです」という横山さんは、チームとしてBEDDのメニュー開発に取り組んでもらう形を選んだ。

メインの食器は2種類のみ

 機内食の難点は調理方法の制約や搭載物が限られていること。航空機のギャレー(厨房設備)でシェフの思いを具現化するにはさまざまなハードルがある。

店の名は「BEDD」=12年9月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 「食器が限定されてしまうのは、私たちが考えている以上にハードルが高かったようです」。横山さんによると、ファーストで使用できるメインディッシュ用の皿は、深さが浅い四角形の皿と、深めの丸い皿の2種類。ビジネスはこのうちの四角形の皿のみ。料理の印象は盛りつけと食器に左右されるが、2種類で自身の世界観を表現するのは、シェフにとって機内食そのものをまとめるよりも難しかったようだという。

 シェフの手元にはJALが事前に送った食器がある。「制約のある中で作っていただきますが、本当はこうしたい、というご意見も伺っています」と語る横山さんは、「お願いしている以上は、できるだけシェフの色を出したいです」と続ける。

 食器をすべてリニューアルするにはコストがかかるため、今すぐの実現は難しいが、BEDDの“オープン”を機会に、メニューだけではなく食器も試行錯誤を続けたいという。

和の匠が創る洋食

 「洋食を仕事として作るのは初めてです」。日本料理の山本さんは、13日の発表会でこうあいさつした。和の匠がなぜ洋食なのか。「山本さんは噂によると仲間うちで披露する洋食がおいしいらしいと聞き、BEDDでしか食べられないものをお願いしました」と横山さんが経緯を明かす。

 一方で、フレンチの下村さんには、お店の味を楽しんでもらえるメニューを依頼。お店のメニューを機内食にアレンジしてもらったという。「最近スパイスに凝っておられるようです」という下村さんのメニューには、生の粒コショウが添えられる。

 料理のライブ感を大切にする山田さんの料理は、「お店と同じ料理ではなく、お店で味わう同じライブ感を機内で味わってもらいたい」(横山さん)として、トリュフを載せたハンバーグでは機内での調理を工夫。香りが大切なトリュフは、削りたてでないと香りが逃げてしまうので、真空パックを機内で開けて盛りつける。

 BEDDだから食べられるもの、という点では店舗を持たない狐野さんの料理も独自のもの。機内の寒い、乾燥している、というマイナスの点を食事でカバーするヘルシーメニューを手掛けた。

このミルクが手に入らない場合は教えてください

 調理方法や器など制約が多い機内食。名店とのコラボレーションというと、単なる名義貸しとなってしまうケースもあるが、4人のシェフたちは協力を惜しまず、さまざまなサポートをしてくれたという。

 「狐野さんは、ここのブランドの、このミルクを使ってください。もしこのミルクが手に入らない場合は教えてください。それに合わせてレシピを変更します。と言ってくださいました」(横山さん)。材料の指定だけではなく、代替案のケアまでシェフが手掛けてくれたことは、味の再現の上で非常に助かったそうだ。

 お店の味が楽しめるメニューの下村さんからは、お店で出し始めた生の粒コショウを機内でもやってみては、と提案があった。単にメニューの提案だけでなく、下村さんは仕入れの部分まで協力があり、機内食ながらお店の味や雰囲気に近づけることができた。

もうひとりのシェフ

 こうしたメニューを機内食として実現するには、機内食を知り尽くした存在が不可欠だ。機内食会社のシェフからのアドバイスがなければ難しかった、と横山さんは述懐する。

 山田さんから提案があったヒラメの料理は、火を入れすぎてしまうとパサパサになってしまう。お店で作ればおいしい料理も、機内食は同じ手順で作ることはできない。そこで機内食会社のシェフは、一通り調理が済んだ後にクッキングペーパーで巻くことを発案。この状態で機内のオーブンで温めれば、水分は失われず、ジューシーなヒラメを提供できる。

 「機内食のノウハウがあったからこそできました。みんなで作り上げたものです」。

機内食にもJALフィロソフィ
―楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する―

 メニュー作りの中ではこうしたエピソードも。山田さんから通常ビジネスクラスで使用する平たい四角形の皿ではなく、深さのある丸い皿を使いたいというリクエストがあった。ビジネスは席数がファーストより多いため、枚数を積める四角形の皿が標準搭載品。そのまま丸い皿に載せ替えると、当然積める枚数が減ってしまう。

 「機内に搭載するものと積む場所を見直しました」と語る横山さん。客室乗務員にアンケートをとり、必要な食器や小物類を再考した。また、予備で積んでいるビジネスクラスの炊飯器は、エコノミークラスの空きスペースに移した。

 自身も客室乗務員である横山さんは、、万一の際に手間が増えてしまうことに「(客室)乗務員のことを考えると心苦しいところもありました」という。理想の機内食に近づけるには、シェフや企画側だけではなく、客室乗務員も含めたチームワークが重要だったのだ。

 和の匠に洋食を依頼し、ビジネスに積めないものをエコノミーに移す――。こうした柔軟な発想は、以前のJALにはなかったと振り返る横山さん。この発想転換には、経営破たん後に稲盛和夫名誉会長が社員の意識改革に用いた「JALフィロソフィ」が大きく影響しているという。

 JALフィロソフィの第5章「常に創造する」にある「楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する」だ。これまでのJALの社員は、物事を始める際、否定から始まっていたという。これをあらゆる可能性を求めて発想し、さまざまなリスクを含めて計画。実行段階ではどん欲に進めていく姿勢に変わったからこそ、新しい着眼点のメニューができたそうだ。機内食の発想にも稲盛名誉会長の哲学は息づいている。

 機内食のリニューアルにとどまらず、寝具としての視点を交えた新シートとの融合を図ったJAL。横山さんは「移動手段としてではなく、ぜひ泊まりにいらしてください」とほほえんだ。

“和食の巨匠”山本シェフが挑む洋食メニューの例=12年9月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

名店のフレンチを再現する下村シェフのメニュー例=12年9月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

ライブ感を大切にする山田シェフのメニュー例=12年9月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

寒さなど機内のマイナス点を料理でカバーする狐野さんのヘルシーメニュー例=12年9月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

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