「国内線が戻り始めた時期は想定より早かった。悪い想定よりはいいが、旅行は理屈じゃなくて気持ちだと思うよ」。新型コロナウイルスの影響で、世界の航空会社は大量運休を余儀なくされた。しかし、国内線に限ってみると、想定より利用者の戻りは早かったと話すのは日本航空(JAL/JL、9201)の植木義晴会長。テレワークやビデオ会議の浸透で出張需要の回復が芳しくない中、国内の航空会社は旅行需要の復活に期待を寄せる。客室の空気が2-3分ですべて入れ替わることなどを、各社は5月のゴールデンウイーク明けから利用者に向けて発信してきた。
県をまたぐ外出自粛の段階的緩和が始まった6月1日には、羽田空港ではこれまでより多くの人が国内線を利用していた。19日からはこの自粛要請もなくなり、徐々に新型コロナが猛威を振るう前の状態に近づいていった。JALでは、羽田空港のチェックインカウンターに飛沫感染防止用の透明なアクリル板を設け、床には停止線をテープで示してソーシャル・ディスタンシング(対人距離)の確保に対応している。
このアクリル板は整備士の手作りで、羽田ではラウンジの受付などにも設置している。自動チェックイン機も1台おきに稼働させ、保安検査場前には検温用のサーモグラフィーが設置されている。そして、空港の至る所に置かれているのが消毒液だ。マスク着用とこまめな手洗い、手指の消毒が、国内の航空会社や空港運営会社が利用者に求めている感染防止策となる。
こうした感染防止策が取られる中、機内ではどのような対策が講じられているのだろうか。JALの羽田発福岡行きJL319便を取材した。
—記事の概要—
・除菌シート提供
・ドリンクサービスは緑茶のパック
・目の表情から察する
・ビニールはホームセンターで調達
除菌シート提供
JALでは空港の地上係員がマスクを着用し、必要に応じて整備士が作ったフェイスシールドを利用者と接する社員が使用している。「客室乗務員は乗務前だけでなく、休日も含めて検温を実施しています」と、4月に客室本部長に就任した鳥取三津子執行役員は説明する。「マスクに加え、サービス中は必ず手袋を着用し、ゴーグルも各自の判断で着けてもよいことにしています。6月13日からは除菌シートをお客様に提供しています」(鳥取氏)と、乗客自ら除菌したいニーズに応えている。
JALは客席のうち中央席を6月30日まで原則ブロックしてきたが、7月から通常通りに戻した。私は地方取材などで6月中に何度か他社を含め国内線に乗ったが、日を追うごとに乗客が増えている印象だった。
一方で、機内サービスは客室乗務員と乗客の感染防止策として簡素化され、国内線は6月の時点で紙パックの緑茶(子供はリンゴジュース)の提供のみ。
鳥取氏は「お客様からは飲み物を戻して欲しいという声が寄せられています。状況を見極めて戻すべきかを考えたいです」と、利用者とともに感染防止策を考えていきたいといい、「新しい機内サービスを作るチャンス」と捉えているという。
*7月のドリンクサービス状況はこちら。
ドリンクサービスは緑茶のパック
私が福岡行きJL319便の機内を取材したのは6月15日。除菌シートの提供が始まり、19日の自粛要請解除直前のタイミングでどうなっているかを取材した。この日の機材は、国内線仕様のボーイング787-8型機(登録記号JA847J)だった。
座席数は3クラス291席(ファーストクラス6席、クラスJ 58席、普通席227席)だが、取材当時は中央席ブロックのため販売の前提となるのは64%にあたる186席(ファースト3席、クラスJ 33席、普通席150席)で、家族連れなど中央席と隣同士を希望する利用者には要望に応じていた。乗客は189人(幼児2人含む)とほぼ販売座席数通りだった。
搭乗口前では乗客は距離を取って列に並び、地上係員は10-20人ごとに機内へ案内していた。機内はそこまで人が滞留しているという印象はなかったが、今後乗客が増えると感染防止と定時出発のバランスを取ることが難しくなるかもしれない。出発前には透明なビニール手袋を着用した客室乗務員が、手荷物収納棚がロックされているかを確認していた。
機内アナウンスでは、毛布やまくらの提供を現在は中止していることなどが告げられた。機内で一番変化を感じるのは、やはりドリンクサービスだろう。シートベルトサインが消えて客室乗務員が準備に入ると、これまでは何を飲もうかと考えていたが、選択の余地はなく緑茶のみだ。航空会社によっては選択肢を用意しているところもあり、今後の感染状況によるところだろう。
目の表情から察する
ベルトサインが消えて機体後方のギャレー(厨房設備)の取材を始めると、客室乗務員の武内愛佑美(あゆみ)さんがその緑茶を同僚と準備していた。ここでもビニール手袋をつけての作業で、トレーに手際よく緑茶のパックを詰め込んでいく。
「1カ月半ぶりの乗務で、ひとつ一つ確認してやってます」と武内さんは笑う。手慣れた作業であっても、新型コロナの影響で細かい手順が変わっていたりするので、確認しながらになるようだ。5月にロンドン線に乗務して以来だといい、現地ではホテルからほぼ外出できず、食事もルームサービスだったという。
機内サービスをする上で、大きく変わったのが乗客と客室乗務員双方がマスクを着用していることだ。これまでは乗客の表情全体から意図をくんでサービスしていたのが、「目の表情から察するようにして、目も笑うように心掛けています」(武内さん)と変化を話してくれた。機内サービスを簡略化しなければならない状況について、乗客からクレームはないといい、ねぎらわれることもあるそうだ。
かつてJALの新人客室乗務員によるハンドベルチーム「ベルスター」を取材した際、アイコンタクトの重要性を指摘していたメンバーが何人もいたが、乗客が目で何を訴えかけているのかを感じ取ることや、マスクにより客室乗務員の表情が限られる中で、乗客が安心する雰囲気を創り出す上で目の役割は大きいようだ。
そして、客室乗務員と乗客との距離も自然と以前より離れる傾向があるという。表情から察しにくくなったことに加えて、距離によりコミュニケーションを取りにくくなる中、乗客の意をくむことが多いという。これは同乗していたほかの客室乗務員たちも指摘していたことで、手荷物収納棚に荷物をしまう際も、自分で棚に上げる人が増えたという。
新型コロナの影響でこまめな消毒が推奨されたことで、武内さんたちはこれまで以上に身だしなみや機内の清潔さに気を配っているという。巡航中はラバトリー(化粧室)のドアを除菌したり、ギャレーの作業スペースもこまめに除菌シートで拭いていた。機内販売で使うクレジットカード決済端末も、暗証番号は乗客が使用するごとに除菌している。ファーストクラスで提供する機内食も、メインディッシュを温めてから再びフタをして乗客に提供するように変わった。
客室乗務員を呼び出すコールボタンも、押される機会がめっきり減ったそうだ。
ビニールはホームセンターで調達
福岡空港に到着すると、空港内の至る所にソーシャル・ディスタンシングの確保に関する張り紙があり、羽田と同じく床には停止線や足跡マークなどが記されていた。
JALのチェックインカウンターには、ホームセンターで調達したというビニールを使った飛沫感染防止用カーテンが設置され、係員の手伝いを必要とする人を対象にした「スペシャルアシスタンスカウンター」には、女性係員が自作したという透明なパーティションが設けられていた。
ラウンジの受付も羽田と同様パーティションが設置してあり、ラウンジのソファやイスも1人おきに座るような案内になっていた。冷たい飲み物用のグラスも感覚を空けて置かれていた。羽田空港内や市中の飲食店でみられる感染防止策が、福岡でも実施されているといった印象だった。
東京では7月に入り感染者数の増加が日々報じられており、予断を許さない状況が続いている。私は週に一度ほど羽田を訪れているが、6月以降は日を追うごとに利用者が増えている印象を受ける。羽田第1ターミナルでは、4月から閉鎖していた北ウイングの運用も7月1日から再開しており、利用者が増えることはあっても減ることはなさそうだ。
感染リスクに対して現実的に取り得るさまざまな策が講じられ、今日も飛行機は飛び続けている。
*写真は44枚(羽田→機内→福岡→羽田の順)。
関連リンク
日本航空
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