エアライン, 解説・コラム — 2012年10月2日 17:20 JST

iPadはANA客室乗務員の業務をどう変えたか 世界初の大規模導入から半年──雲上のiPad活用術(1)

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 全日本空輸(ANA、9202)の客室乗務員約5400人全員にiPadをひとり1台配布という、航空会社では世界初の大規模導入が4月に本格スタートして半年が過ぎた。9月からは一部の運航乗務員による運用検証も始まり、ANAは空の上でのiPad活用を加速させている。(第2回・運航乗務員編はこちら、第3回・導入の経緯と今後についてはこちら

 1年前の2011年10月、のちに社内でiPad利用の中心的役割を担う客室乗務員728人を対象に試験導入が始まったiPad導入計画。業務や教育に用いる700種類以上のコンテンツの大半を自前で用意するという、コスト意識の高い計画が進められた。

 iPadの客室乗務員への導入にあたり、コンテンツ作りや訓練での活用方法の検討などプロジェクト推進を担当した客室本部グループ品質推進部主席部員の宇佐美香苗さんにお話を伺った。

コンテンツ作りなどプロジェクト推進を担当したANAの宇佐美さん=12年9月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

まずは“先生役”を育成

これまで使われていた紙の乗務マニュアル=12年9月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 iPadの試験導入を行った728人は、訓練や教育を担当するインストラクターや国際線乗務者のサポートを担当する客室乗務員たちが選ばれた。「4月からの本格導入時にiPadの推進役を担ってもらう人たちにお願いしました」と宇佐美さんが説明する。

 ANAが全客室乗務員にiPadを配布した目的の一つは、重さ2.1キロ、1000ページにおよぶ紙の乗務マニュアルからの脱却だ。

 客室乗務員のものを含め、航空機のマニュアルは常に改訂が行われている。これまでは全員が最新のマニュアルを使用しているかを、客室本部の担当者が年に2回一人ずつ確認していた。iPadでは自動的にマニュアルをダウンロードして更新できるようになり、正しく更新されたかはサーバーのログ(記録)を確認すればよくなった。これにより、配布や印刷のコストだけではなく、管理コストの低減も実現した。

 また、客室乗務員は常に社内にいるわけではないため、最新の情報を共有しにくい状況にあった。こうした情報共有もiPadを利用することでタイムリーに行えるようになったという。

訓練の合格率も向上

iPadを利用しながらブリーフィングを行うANAの客室乗務員=12年9月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 乗務マニュアルの電子化だけではなく、アナウンスマニュアルや外国語学習など、音声や動画を見聞きしながら自己学習できるのもiPadのメリットだ。

 「すでにある教材は流用しているものもあります。外国語教材はその国のスタッフが録音するなど、ホームビデオを活用して社内で制作しました」と宇佐美さん。自身も教材作りに奔走し、「昨年末にはたくさんのコンテンツを作成しました」と振り返る。

 訓練のコンテンツも工夫した。これまでは会社からDVDを借りなければ自習できなかった火災発生時の訓練映像を、マニュアルとともに映像を見られるようにした。宇佐美さんによると、「マニュアルのどの部分で、実際にどういう動作をするのかがわかりやすいです」とのことだ。

 いつでも手元で自習できるため、集団での訓練や教育の効率も上がり、習熟度もアップした。訓練時の合格率も上昇したという。こうした教材は各自が自習したいコンテンツをダウンロードして利用でき、不要になれば削除もできる。

配布後は「あっという間に浸透」

 ANAの5000人以上の客室乗務員は、日本人のほかに外国籍の人もおり、ベテランから新人まで、さまざまな人がチームを組んで乗務している。iPadをすぐ扱える人もいれば、「配布時に手渡すと箱にしまってしまう人もいました。すぐ使ってください!とお願いすることもありました」(宇佐美さん)と、手渡された時の反応は人それぞれだった。

 4月からの本格導入を前にiPadを配布する際に大変だったのが、全客室乗務員に各個人用のIDにひも付けた特定のiPadを配布することだった。「AさんにはAさん用のiPadを渡さないといけないのが大変でした」と語る宇佐美さん。地上職と異なり、常に社内にいるわけではないため、iPadを配布するだけでも一苦労だったという。

 実際に使い始めると、「トライアル(試験導入)担当者の推進もあり、あっという間に浸透しました」と宇佐美さんは振り返る。直感的に扱えるiPadゆえ、使い始めると便利、という感想が聞こえてきたそうだ。

 紙マニュアルの機内持ち込みは、4月からの正式導入時に終了。すべてiPadに置き換えて業務を行っている。

カメラや録音機能も活用

 ANAは客室乗務員の中に、iPad運用のリーダーを約70人置いている。彼女たちが同僚からのiPad利用についての意見や相談について最初に対応し、必要に応じてiOSのメッセージアプリ「iMessage」で宇佐美さんらと情報共有を行っている。

iPadを手にブリーフィングを行う中原さん(手前左)らANAの客室乗務員=12年9月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 リーダーの一人、中原佐知子さんは乗務前のブリーフィングについて、「行っていること自体は同じですが、中身が深くなりました」と導入効果を語る。ワンタッチで目次や検索機能で目的のページにたどり着けるため、紙マニュアルの時よりも効率よくブリーフィングが進められているようだ。

 これまで客室乗務員たちは、必要な情報を会社のパソコンから印刷して乗務していたため、印刷の順番待ちが発生することもあったが、iPadでは業務連絡も手元で参照できるため、無駄な時間がなくなったという。

 客室乗務員の業務サポートを担う客室本部業務推進部主席部員の奥山哲也さんは、「今までは大きいバッグを持ち歩いていたのが、コンパクトになりましたね」と、iPad導入後の客室乗務員の姿を見て持ち物の変化を指摘する。「以前はコピーしていたものが手元にあるので、ストレスがなくなったようです」と、紙で情報共有する際の問題点が解決できたこともiPad導入のメリットになっている。

 カメラや録音機能を活用できるのもiPadならでは。機内アナウンスをiPadに録音し、アナウンスのリーダーに送付して評価してもらえるため、自分の改善点を把握しやすくなったそうだ。また、機材や機内食などに報告事項があった場合、写真を添付したり、異音を録音して運航乗務員や整備士に報告を行っている。

FSCとしてのサービス向上へ

 今後の課題について宇佐美さんに尋ねてみた。現在iMessageで行っている大量の情報共有を改善することで、生産性の向上を進めたいという。

 宇佐美さんと奥山さん、中原さんの3人が異口同音に語ったのは、現状の業務や自己啓発のみにiPadを利用するのではなく、乗客へのサービスにも活用したいということだった。「到着時の空港内の案内などでも活用して、フルサービス航空会社(FSC)としての品質向上につなげたいです」と宇佐美さんは話す。

 5000人超を対象とした本格導入から半年。近い将来、機内で乗客にiPadでのサービスを提供する客室乗務員の姿が見られるかもしれない。(第2回・運航乗務員編はこちら

関連リンク
全日本空輸

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