エアライン, 解説・コラム — 2013年6月17日 17:22 JST

パイロットも“千本ノック”から“データ戦”へ JALが国内初の訓練体系化、ファイルメーカーでDB構築

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 パイロットは機体を操縦する上で何ができないといけないのか、操縦技術だけの訓練で良いのだろうか──。今から8年前の2005年、日本航空(JAL、9201)では運航上の不具合が連続して発生。強い危機感を感じたJALでは、パイロットの訓練の改革に着手した。

 翌06年から訓練内容の改善を始めたが、10年1月に経営破綻。パイロットの操縦資格を維持するための訓練を除き、新人養成などすべての訓練が停止となってしまう。

 こうした中、パイロット有志がデータベースで自分たちの能力を可視化し、技量を向上する訓練体系「JAL CB-CT」の構築に着手。12年3月にシステムの中心となるデータベースの自社開発に成功した。今年3月からは国土交通省の資格審査以外に、航空会社の自助努力の一環として稼働し、訓練と資格審査に使用されている。

 データベースを核としたパイロットの訓練体系構築は、国内の航空業界では初めて。ボーイング777型機の機長で運航訓練審査企画部基準室の靍谷(つるや)忠久室長をはじめ、プロジェクトを推進したパイロットたちに話を伺った。

CB-CT用ノートパソコンをシミュレーターに持ち込む片桐さん(手前)=13年6月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

ひとりでファイルメーカー使いデータベース作り

 「パイロットが自分たちで作ったもので、自分を客観的に厳しく判断するものです」と、CB-CTについて靍谷さんは説明する。パイロットを評価する体系作りを担当したのは、767の機長で教官を務める基準室の片桐潔志室長補佐。

 航空分野をリードする欧米諸国では、コミュニケーション能力の向上なども含めた訓練が行われていた。一方、JALで運航の不具合が起きていた05年当時は「日本ならではやり方が根強かったです」と、操縦技術中心の日本の訓練体系だったと片桐さんは振り返る。これを受けて、靍谷さんらは訓練方式の抜本的な見直しを行い、データベースを構築して各パイロットの能力の“見える化”を行った。

 通常データベースの構築は外注するが、JALでは767の機長を務める和田尚調査役が、自らデータベースソフト「ファイルメーカー」で構築していった。ファイルメーカーはカード型データベースから発展したため操作が簡単なので、ユーザーが使いながら改善していくには適したデータベースだ。

 当初は紙ベースのものをデータ化するところから始まり、試行錯誤を重ねたデータベースも現行で4世代目。訓練の中で、各パイロットの何が強みで、何が弱みなのか、全体的な問題なのか、個別の問題なのか、改善しそうなのか、悪化しそうなのかといったことを、指導する教官が分析しやすくなりつつあるという。また、データベースの蓄積が進むと結果を見て「なるほど」と思うパイロットも増え、システムを改善しやすくなった。

 パイロット自身がデータベースを改善する方式で運用していることで、求められる仕様要件などを正しく反映できているという。

主観的ではなく客観的に

CB-CTを扱う片桐さん(手前)と開発した和田さん=13年6月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 片桐さんと和田さんは、10年1月の経営破綻時に資格維持以外の訓練ができなかったことが、従来とは異なる新しい訓練システムであるCB-CTを導入する上ではプラスに作用したという。

 「破綻前は大企業病にどっぷり浸かっていて、今後は欧米のやり方でやらないとダメだと気づいている人がいても、どうにもできませんでした」と片桐さんは話す。

 運航乗務員の訓練は、路線、技能、定期、養成の4つ。CB-CTのデータベースでは、計画通りに訓練が進んでいるかなど、「エンジンの計器のようにモニターできます」(和田さん)。訓練の評価は、評価方法の教育を受けた教官が担当し、よりよい操縦をするためには何に取り組むべきかをデータベースから導き出す。

 片桐さんは指導方法について、「あなたの能力はまだ低いね、と主観的に言うのではなく、こういうことが起こりましたね、と客観的に言います。そして、どうして起こったのか、どういった能力が不足していたのかを分析します」と、概念的ではなく、具体的に指導するという。

 「性格が根源にあり、(仕事に対する)姿勢があり、知識があるから能力が発揮され、現在こういうパフォーマンスになっている、と分析するんです」と続け、「それを決められた指標と照らし合わせて分析します」。

 車の運転を例にすると、「赤信号を見て停止線で止まることができる」という評価項目があったとする。そこで評価の対象者が停止線を越えてしまった場合、まず起こったことを客観的に記録する。次に、停止線で止める技術がなかったのか、技術はあったけど信号を見逃していたのか、技術もあり信号も見ていたが、そもそも赤信号の意味を知らなかった、誰も見ていないから止まらなかったなど、技術や知識、姿勢といった分野ごとに評価する。

 現在の評価項目の数は約1000項目。「ある業務を細分化したものなので、さらにその業務が達成されるために必要な項目となると、数千の規模になります」と片桐さんは説明する。和田さんによると、項目が多すぎず、少なすぎずを求めた結果、今の規模になったという。

 評価者の評価が妥当なのかも、使用期間が長くなるにつれてデータが蓄積されるため、評価方法の標準化も進められるのがメリットだ。併せて、評価者の教育も行っている。

 こうした教え方は、かつての経験豊富な教官も同様だったという。CB-CTは「優秀な教官のやり方と、世界で標準となりつつあるやり方を体系化したものです」と片桐さんは説明する。

千本ノックだけではダメ

 CB-CTの導入目的は訓練の質向上だけではない。今まで機長と副操縦士の関係は、機長の立場が絶対的で、副操縦士はこれから機長になる修行中の身、という考え方だった。これを副操縦士という独立した職務として認識を新たにし、片桐さんは「2人がチームとしてパフォーマンスを上げられるようにしています」と話す。機長と副操縦士がそれぞれ独立したポジションで、互いに協力し合うことを求めている。

 また、海外でこうした仕組みは客室乗務員の業務のうち、保安要員としての技量や、ディスパッチャーの審査に用いられているそうだ。

 和田さんは「野球で言うと、コンスタントに勝つなら千本ノックだけではダメで、今はデータ戦も必要といった感じですね」と説明する。今後は改善を行いながら運用実績を重ねていきたいという。

 JALフィロソフィには、「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」という言葉がある。能力や熱意があったとしても、考え方が間違っていれば仕事の結果はマイナス方向に行ってしまう。これを防ぐためにもCB-CTは役立っている。

 主観的ではなく客観的に評価を行い、評価者もしっかり教育する──。こうした取り組みは、パイロットの教育だけではなく、広く社員教育などにも応用できそうだ。

CB-CTのデータベース開発を担当した和田機長(前列)と(後列左から)評価体系を構築した片桐室長補佐、データベース開発の荻機長、まとめ役の靍谷室長、ノンテクニカルの評価体系構築担当の豊田アシスタントマネジャー、プログラミングや運用担当の小沼さん=13年6月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

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