日本航空123便墜落事故で乗客乗員520人が亡くなり、41年が経った8月12日夜、墜落現場となった群馬県多野郡上野村の追悼施設「慰霊の園」で、41周年追悼慰霊式が開かれた。式典後、報道各社の取材に応じた日本航空(JAL/JL、9201)の鳥取三津子社長は、度重なる飲酒問題や安全上のトラブルについて「結果を出すしかない」と決意を述べた。

慰霊の園で献花し深々と頭を下げるJALの鳥取社長(手前)と赤坂会長=26年8月12日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire
台風15号の影響で時折雨が降る中、鳥取社長は12日昼に墜落現場「御巣鷹の尾根」の山頂にある「昇魂之碑」を訪れ、90度お辞儀をした後、線香と花束を手向けた。午後6時から慰霊の園で開かれた慰霊式でも深々と頭を下げて献花した。
鳥取社長は、事故が起きた1985年4月に東亜国内航空(TDA、のちにJAS、現JAL)に客室乗務員として入社。統合後のJALでは、客室安全推進部の部長など主に安全畑を歩み、客室本部長などを経て、2024年4月からJALの社長を務めている。
式典後、報道各社の取材に応じた鳥取社長は「今年は台風の影響もあり登山される方が少なかったが、その分も日本航空である我々がしっかりお祈りさせていただいた」と述べた。

JL123便墜落時刻の午後6時56分に参列者が黙とうを捧げ犠牲者数と同じ520本のろうそくがともされた慰霊の園=26年8月12日午後6時56分 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

御巣鷹山の「昇魂之碑」に線香を手向けるJALの鳥取社長=26年8月12日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire
また、事故後31年となる2016年の時点で、事故後に入社した正社員が9割を超えていたが、今年3月末時点では事故当時から在籍する正社員は60歳未満が2人。今年度中にゼロとなる見通し。事故当時を知る世代が年々減っていく中、社内での継承も課題となっている。

慰霊の園で取材に応じるJALの鳥取社長=26年8月12日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire
今年4月の入社式で、鳥取社長は「いかなる仕事であっても必ず安全運航につながっている。その先にはかけがえのないお客様の命があるということを決して忘れないで」と、新入社員に呼びかけた。
職種を問わず安全を意識していくことについて、鳥取社長は「デスクワークであっても、間接的に、確実に(安全と)つながっている。(社員には)ことあるごとに伝えて、JALグループ社員全員が、安全の文化をしっかり作っていくひとり一人であると、伝えていく」と語った。
一方で、JALではパイロットによる飲酒問題や安全上のトラブルが相次ぎ、今年5月には客室乗務員による飲酒事案が起き、国土交通省航空局(JCAB)から行政指導の「厳重注意」を6月に受けるなど、安全対策が課題となっている。
鳥取社長は「ご遺族の皆様からすると、一体何をやっているのか、と思っていらっしゃると考えている」との受け止めを示し、「この先は結果を出していくしかないと思っている」と決意を述べた。
慰霊式は午後6時から開かれ、JALからは鳥取社長のほか、赤坂祐二会長や青木紀将副社長、安全面の責任者となる安全統括管理者の中川由起夫常務らが参列した。遺族や関係者などの参列者数は昨年より63人少ない165人で、このうち遺族関係者は78人だった。
1985年8月12日午後6時56分に墜落した羽田発伊丹行きJL123便(ボーイング747SR-100型機、JA8119)には、乗客509人と乗員15人の524人が乗っていた。式典では犠牲者の数と同じ520本のろうそくに火がともされ、墜落時刻の午後6時56分を迎えると、参列者が黙祷(もくとう)をささげた。
12日に慰霊登山した遺族は49家族162人で、昨年より33家族121人少なかった。過去最多は事故後30年にあたる2015年の106家族406人で、2番目は20年にあたる2005年の103家族405人、3番目は33回忌の節目となった2017年の97家族359人だった。

慰霊の園で献花する参列者=26年8月12日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

慰霊の園でろうそくをともす遺族=26年8月12日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

慰霊の園でろうそくをともす遺族=26年8月12日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

慰霊の園でろうそくをともす遺族=26年8月12日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

JL123便の犠牲者数と同じ520本のろうそくがともされた慰霊の園=26年8月12日午後7時2分 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire
関連リンク
日本航空 [1]
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