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「737は操縦のクセ表れる」特集・JALパイロットの”本気”帯広チャーター 操縦席実況や専門用語満載”旅のしおり”も

 ボーイング737型機の魅力を知ってもらおうと、日本航空(JAL/JL、9201)のパイロットが本気で企画したチャーターフライトが、羽田-帯広間で行われた。JALの737-800による日帰りフライトだが、機内ではパイロットがコックピットの様子を実況中継し、帯広では737の貨物室や主脚、エンジンなどを整備士が解説し、航空大学校の訓練機や空港の消防車なども見学。羽田へ向かう復路の飛行高度は、参加者の意見も参考として取り入れるなど、盛りだくさんな内容だった。

帯広空港で737を見学するJALのチャーター参加者=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

—記事の概要—
「旅のしおり」あえて専門用語で
コックピット内を実況中継
航大帯広分校の訓練機も見学
3つの高度、揺れや到着時間で判断
・写真35枚

「旅のしおり」あえて専門用語で

 チャーターを企画した副操縦士の光井淳彦さんは、自社養成パイロット訓練生として2009年入社。2010年1月の破綻による新人パイロットの訓練中断を経験した訓練生の一人で、2018年10月9日に737-800で副操縦士として初フライトし、今年5月からは大型機の777に乗務している。

羽田空港の18番搭乗口でチャーター参加者を出迎えるJALの光井副操縦士=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

光井さんがこだわった旅のしおり(左)=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 光井さんがチャーターを発案したきっかけは、737のパイロットが所属する737乗員部で機長たちが副操縦士の取り組みを応援する「バッターボックスプロジェクト」に応募したことだった。当初はコロナの影響で多くの飛行機が駐機されていたことから、編隊飛行ができないかと考えたが、新たな訓練が必要だったり、乗客に乗ってもらうことができないことから、1年ほど前から737のチャーターの準備を社内の関係部署と進め、行動制限の緩和などを見極めて実現に至ったという。

 光井さんはチャーターの参加者向けに、26ページに及ぶ「旅のしおり」を自作。パイロットが出発前や離陸時などにどのような作業を行っているかや、パイロットの訓練の様子、今回フライトする羽田や帯広の経路や進入方式を示したチャートなどをまとめたもので、解説文ではあえて専門用語をそのまま使い、737好きの人にも満足してもらえる“本気のしおり”を目指したそうだ。

 最終ページにはログブックを模した欄を設け、往路の羽田発帯広行きJL4529便と復路の帯広発羽田行きJL4520便の記録を残せるようにした。

コックピット内を実況中継

 6月11日午前11時40分。雲に覆われた羽田空港の18番スポットから帯広行きJL4529便(737-800、登録記号JA317J)が出発した。客室はV40仕様と呼ばれる2クラス144席(ビジネス12席、エコノミー132席)の国際線仕様で、10代から70代までの109人が参加した。男性6割、女性4割で、抽選倍率は約8倍だった。

羽田空港を出発するJALの737チャーター=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 操縦は岡村慶正主席機長と荒木雄次郎主席機長が担当。運航責任者として左席で操縦するPICは往路は岡村機長、復路は荒木機長が務め、光井さんは往復ともコックピットのオブザーブ席からマイクで実況した。

 光井さんは、2人の機長がエンジンをスタートさせたり、滑走路へ進入する様子をコックピット内の音声をマイクで拾いながら解説。客室にいながら、コックピットで粛々と手順をこなしていくパイロットたちの姿が目に浮かぶようだった。光井さんによると、コックピットからの実況は離着陸など操縦に集中する時間帯を避けるなど、各所と調整して実施するタイミングを決めたという。

 C滑走路(RWY16L)から離陸し、東京湾で左旋回して千葉県、茨城県、栃木県と北上していく。水平飛行に入ると、客室乗務員たちがドリンクサービスを行い、岡村機長が機内アナウンスで天候を説明後、737の操縦特性を解説した。

 1999年入社の岡村機長は副操縦士として747-400、777、737と乗務し、2019年に737で機長昇格した。「737は私が今まで乗ってきた3機種の中でも操縦のダイレクト感、パイロットのクセや特性が非常によく表れる飛行機で、JALでは新人の副操縦士や機長の訓練に使われることが多くなっています」と話した。

函館山上空を旋回するJALの帯広行き737チャーター=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 この日は雲が多かったものの、参加者に美しい空の景色を楽しんでもらおうと、高度を3万3000フィートまで上げたことで青空が見えた。1時間ほどすると秋田県上空を通過し、青森県から陸奥湾、下北半島沖を経て午後1時ごろ函館沖の上空に達した。ここでJL4529便は高度4925フィートで10分ほど旋回し、チャーター参加者は好天に恵まれた箱館山や函館の街並みを楽しんだ。

 その後は日高山脈周辺から帯広空港周辺に入り、出発便を待つため20分ほど旋回した後に大樹町方面に向かい、ILS(計器着陸装置)が設置されているRWY35に着陸。午後2時11分に到着した。

航大帯広分校の訓練機も見学

 帯広空港では、駐機中の機内で客室乗務員とのアナウンス体験やパイロットとのコックピット見学が行われ、岡村機長で737の特徴などを説明した。あいにくの雨となったが、駐機場に降りて整備士による貨物室や主脚、エンジンなどの解説が行われ、参加者は普段は間近で見ることができない機体の細部に見入っていた。

帯広空港に到着した737のコックピットで岡村機長(左)と記念撮影する737チャーターに参加した女の子=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

帯広空港で機内アナウンスを体験する737チャーターに参加した女の子=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

整備士の案内で737のエンジン周りを見学するJALのチャーター参加者=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 空港には隣接して国の航空大学校の帯広分校があることから、参加者たちは分校に15機ある訓練機シーラスSR-22を見学。主脚が固定された機体だが、コックピットにはギア上げのレバーだけは追加装備され、訓練で使用しているという。

 チャーター便に乗務する荒木機長は航大出身で46回生。「ファーストフライトは雪で場所がわからなくなりました」と北海道らしいエピソードを披露。「航大は同期があちこちにいるのが特徴です」と、航空各社で同期が活躍しているという、自社養成パイロットとは違った良さがあると語っていた。

 また、ターミナルと航大の格納庫の間にある消防所では、大型消防車の解説や放水の実演が行われ、参加者たちはスマートフォンやカメラで写真に収めていた。

航大帯広分校の格納庫で737チャーター参加者に説明する荒木機長はOB=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

帯広空港の消防車による放水を見学するJALの737チャーター参加者=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

3つの高度、揺れや到着時間で判断

 空港の国際線ターミナルに戻ると、光井さんの司会で馬場照久機長と、「ふるさとアンバサダー」として帯広に移住して地域の魅力を発信している客室乗務員の小林千秋さんの3人によるトークセッションが開かれた。往路の帯広行きJL4529便のコックピットの様子を収めた映像の上映や、パイロットの持ち物解説などが行われ、復路の羽田行きJL4520便を題材に出発前の「ディスパッチ・ブリーフィング」の様子を馬場機長と光井さんが再現した。

帯広空港で開いたトークセッションでディスパッチ・ブリーフィングを再現し参加者に挙手を求める光井副操縦士(左)と馬場機長=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 光井さんは「コンタクトを着用していると、予備として用意したメガネが壊れると予備がありません。予備の予備のメガネを携行したりします」と、実体験を交えてパイロットが持ち物を準備する際に考えていることなどを話した。

 帯広発羽田行きJL4520便のディスパッチ・ブリーフィングでは、イベントが押してしまったため、1時間遅れの出発になってしまうことを謝罪し、羽田へ向かう航路の高度を、混雑状況や先行機から報告されている機体のゆれ具合などとともに、揺れの報告が少なく燃費は悪くなるものの早く帰れる2万6000フィート、燃費の良い4万フィート、その間となる3万8000フィートの3つが候補となり、参加者にどの高度が良いかを訪ねると、早く帰れる2万6000フィートが一番人気だった。

 また、客室でパイロットと客室乗務員が出発前に実施するブリーフィングは、パイロットは「キャビンブリーフィング」と呼び、客室乗務員は「パイロットブリーフィング」と、同じブリーフィングでも立場により呼称が異なるといったことにも触れた。

帯広空港でトークセッションを開いた(左から)馬場機長、光井副操縦士、小林CA=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

帯広空港で737チャーター復路の羽田行きJL4520便に搭乗する参加者におみやげを手渡す小林CA=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

帯広空港で737チャーター参加者に手渡された豚丼と大福=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 復路のJL4520便では、十勝名物の豚丼と、十勝の素材を使ったスイーツとして大福がおみやげとして用意され、小林さんが搭乗口で参加者に手渡した。小林さんは「十勝はおいしいものがいっぱい。チャーターのお客さまからも十勝にはあまり来たことがないと伺ったので、今回は日帰りですがぜひ来ていただきたいです」と話していた。

 そして帯広を日帰りする参加者を乗せたJL4520便は、午後7時34分に出発。上空で光井さんから揺れが少なく、早く着ける可能性が高い高度2万6000フィートを選択し、なるべく早く羽田へ戻れるよう飛行していくとアナウンスがあった。羽田ではJALが乗り入れる第1ターミナルに近いA滑走路(RWY34L)をリクエストし、管制官から承認されて着陸し、午後9時15分に到着した。

羽田空港に着陸する737チャーター復路JL4520便=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

羽田空港に到着した737チャーター復路JL4520便=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

羽田空港で737チャーター参加者にコックピットから手を振る(左から)岡村機長、光井副操縦士、荒木機長=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

  ◇ ◇ ◇

 コックピット内の様子を実況したり、普段は見ることができない主脚の格納部を見学したり、航空大学校や消防所の説明が聞けるなど、パイロットの“本気”が詰まったチャーターフライト。最後に光井さんに気になった点を聞いてみた。

帯広空港でチャーター参加者に公開された737の主脚格納部=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 「今やりたいことはできました。一番大変だったのは、安全性を担保して実現するためいろいろな部署にひとつ一つ確認していくことでしたが、多くの人たちの協力で実現できました。旅のしおりは飛行機好きな人には喜んでいただけたかもしれませんが、一緒に参加された方が置いてきぼりにならなかったかが気になります」

 確かに、今回の旅のしおりはパイロットの乗務のリアルさを追求しており、飛行機好きな人にとっては「こういうのでいいんだよ」という感想を持たれた人も多いだろう。航空会社のイベントとなると、どうしても多くの人に楽しんでもらいたいという思いがあるので、なかなかエッジが効いたことはやれそうでやれないのが実情ではないかと、取材していて感じることもある。

 多くの人に空の旅の楽しさや、空の仕事に興味を持ってもらうことも大切だが、たまには思いっきり振り切った企画も良いのではないだろうか。光井さんの先輩に当たるJALの機長たちは、チャーターフライトを生んだ「バッターボックスプロジェクト」でフルスイングを期待していただろう。

*写真は36枚。

羽田空港のカウンターに並ぶJALの737チャーター参加者=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

羽田空港の18番搭乗口から搭乗するJALの737チャーター参加者=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

羽田空港を離陸するJALの737チャーター=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

光井さんがこだわった旅のしおり(左)=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

JALの帯広行き737チャーターで機内サービスする客室乗務員=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

函館山上空を旋回するJALの帯広行き737チャーター=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

737チャーター参加者が見学した航大帯広分校の格納庫=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

帯広空港の消防所を見学するJALの737チャーター参加者=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

帯広空港を離陸するJAL機を見送る737チャーター参加者=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

帯広空港で737を見学するJALのチャーター参加者=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

整備士の案内で737の貨物室を見学するJALのチャーター参加者=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

帯広空港で737を見学するJALのチャーター参加者=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

帯広空港に到着した737の客室でチャーター参加者に機体の特性を解説するJALの岡村機長=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

帯広空港でトークセッションを開く(左から)光井副操縦士、馬場機長、小林CA=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

帯広空港で開いたトークセッションでディスパッチ・ブリーフィングを再現する光井副操縦士(左)と馬場機長=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

帯広空港=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

帯広空港を1時間遅れで出発する羽田行きJL4520便=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

羽田空港のスポットへ向かう737チャーター復路JL4520便=22年6月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

関連リンク
帯広空港でボーイング737を満喫 日帰りチャーターフライト [1](JAL)
日本航空 [2]

5月に発売
JAL、737パイロット「本気」企画チャーター 羽田-帯広、操縦席や航大訓練機見学 [3](22年5月9日)

特集・JALパイロット自社養成再開から5年
(1)ナパ閉鎖を経てフェニックスで訓練再開 [4]
(2)旅客機の感覚学ぶジェット機訓練 [5]
(3)「訓練は人のせいにできない」 [6]
(4)グアムで737実機訓練 [7]
(5)「訓練生がやりづらい状況ではやらせたくない」 [8]